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日本大好きNo71 神の字が付く地名とユダヤ [日本大好き]

神の字がつく地名は、「日本地名索引」で検索しますと、全国に2900件ほどあります。その神の字がつく地名を調べられても、なにか結果は出るかも知れませんが、殆ど出ないと予想しています。
 そこで、ユダヤと関連があると思われる話を記します。
道路地図帳の中国地方の庄原付近を見てください。葦嶽山があります。日本ピラミッドと明記されています。キリスト教牧師だった酒井勝軍(1874~1940年)という人が、竹内文書を解読し、昭和初期にエジプトへ外航し、その帰国後に、日本にもピラミッドがあると唱えました。
ピラミッドの条件は太陽石や鏡石や方位石が備わっていることが条件だと講演会で説明して廻りました。
(参考ホームページ) http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/ganseki1pira.html#51

参考ホームページに書かれていますように、日本には、ピラミッドと称されるものは、20程あるそうですが、葦嶽山はいろいろ不思議なことが発見できます。葦嶽山のあるところは、昔は、神村神山でした。また、この付近は神石郡で石はピラミッドを積み上げた石を意味します。東の山が御神山、北に鬼神山があります。
美作から吉井川を遡って奥津から真西に進み、富村に進み、峠を超えますと社です。ここから下って旭川に合流するところが、神戸です。湯原温泉への入口です。湯原村は以前は神湯村と呼ばれていました。湯原村を北に行きますと、中和村があります。難読地名で、チュウカと読みます。この辺りには難読地名がいっぱいです。湯原村の神戸に立ちますと、西南に1030mの円錐形の星ヶ山が見えます。この星はダビデの星でユダヤ人が移動するときに、目印にした山です。この真北が海抜689mの天狗山で、蒜山高原の海抜1122mk
中蒜山が同じ東経の線上に並んでいます。天狗は鼻の高いユダヤ人の代名詞です。
 さて、この星ヶ山と下関の彦島を結んだ線上にピラミッドがあります。彦島には、神武天皇の岳父の部下が、神武の屯田兵の行く先を指図していました。彦島には、やはり目印になるように、三角形の形に整形を加えています。そして、その麓には金毘羅神社が祀られています。祭神はもちろん大物主神です。
神武天皇は神武東征に出かけました。九州から大和に向かう時に、広島(安芸)の埃宮(可愛宮)で7年駐留していますが、この宮も、彦島と星ヶ山を結ぶ線上にあります。

 イスラエルの十部族はアッシリアの捕虜にされて連行されて来たアッシリアの一番栄えた交易の都市が、ハマンダでした。このハマンダと日本ピラミッドは同じ北緯34度51分です。このイスラエルの捕虜はハマンダと同じ緯度を求めて蒙古草原を羊を追いながら、朝鮮半島の秦韓まで来ました。ここから船で出雲に渡ったのです。
 偶像を崇拝したから滅ぼされたと言われる十部族が消えると同時に、中国の西域に一番近い場所に秦が建国され紀元前200年まで500年も続いたことになります。
北緯34度51分が同じなのは、偶然だと言いたくなりますが、ここだけとは限りません。ユダヤ人は、いくら離れていても、自分たちのいる場所がどこであるか知っていたことになります。
 ユダヤ人はアストロラーベと称する測量器を使用していたことを、トケイヤー著【ユダヤと日本 謎の古代史】に紹介しています。この技術がないと地図のない古代には、遠くまで正確に移動することは不可能です。
 イザナミとイザナギも、その知識はあったと思われます。東西南北に正確に測量した軌跡が伺えます。測量しただけではなく、目印になるように二等辺三角形に整形し、高尾山と命名しました。ユダヤ人は、初めてのところでも自分の位置を知ることができたと思われます。
そのような技術を天皇に提供して、ユダヤ人は見返りを得たのではないかと、想像しました。宣伝をするようですが、そこで、神武天皇は、ユダヤ人の力を借りて、神武東征を行いました。ユダヤ人の助けがなくては、広い範囲でしかも長年に及ぶ戦争は不可能だったとおもわれます。
 不可能であれば、神武東征は作り話であったとの結論も導くことができます。


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