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神社からさぐる歴史 No12 天御中主尊神社 [日本大好き]

神社からさぐる歴史 というタイトルにしていますが、神から探ると言ってもいいかもしれません。正しい日本史を解き明かそうと、考古学から研究を進めておられる方もおられます。しかし、たとえば、古墳がいつできたものか、誰の墓であるか判っても、日本の歴史に迫ることはできません。
 考古学からのアプローチのすぐれた所は、記録が残っていない古い時代を解き明かすには、威力を発揮します。
 神社はいつ頃から出来たのか判りませんが、記録に残っているものと組み合わせますと、いい線まで迫れるのではないかと考えています。

タイトルに掲げましたのは、古事記の一番最初に出てくる神の名前を付けた神社です。
書物によって、表記のしかたが異なります。

古事記-------------------天之御中主神
古語拾遺-----------------天御中主神
日本書紀・先代旧事本紀----天御中主尊
伊勢国風土記逸文・住吉大社神代記--天御中主尊
新撰姓氏録・続日本紀----天御中主命
どの資料に掲載されているかは、つぎをクリックしますと、みることができます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A0%E5%8C%96%E4%B8%89%E7%A5%9E

天御中主尊神社は、他にもあるかも知れませんが、私は、滋賀県近江八幡市中の庄で見つけ行ってきました。社はこじんまりしたものですが、綺麗に掃除がしてあり、大切に守られていると思いました。祭神は勿論、天御中主尊と思われます。創建された時は、神社がどのように呼ばれていたか判りませんが、天之御中主神か天御中主尊が祀られていたと思います。
その後、中の庄の付近は、日本書紀などを書いた人たちによって、支配されるようになったと推察します。神社を守っておられる人は、神社の名前が変わろうが、祭神が変えられようが、何らかの形で天御中主尊を先祖と思っておられる方によって、1000年以上祀られ続いていると思います。
天之御中主神は、古事記によりますと、高天原にいた神ということになっています。では、近江八幡市中の庄のあたりは、昔、高天原であった可能性はありません。近江八幡市に住む人の話によると、この辺りは、高天原だったという人もいるとお聞きしました。
インターネットで調べたところでは、滋賀県に高天原があったということを書いてあるのは、見つけましたが、近江八幡市ではありませんでした。

私は、ヒルゼン高原が、高天原であると考えています。その根拠は、「日本大好きシリーズのNo120」http://blog.so-net.ne.jp/nihonnsi/2007-07-09
から数回にわたって書きました。大まかなことを書きますと、古事記に登場している神が殆ど揃っているということと、その神々が隠岐島にも祀られているということです。
ヒルゼン高原が、高天原であるなら、天御中主神もどこかに祀られていても良いはずですが、見つかりません。
古事記に戻って検討してみます。
「天地初發之時。於高天原成神名。天之御中主神【訓高下天云阿麻下此】次高御産巣日神。次神産巣日神。此三柱神者。並獨神成坐而。隱身也」

上に記しましたように、三人の神の名前が書かれています。多くの人は、この三人が、地球を造ったように考えておられます。しかし、そのようなことはあり得ません。どうしてかと言いますと、アマテラスが高天原が次第に住みづらくなってきましたので、新しい都を求めようとします。ところが、つもりをしたところには、すでに人が住んでいますので、交渉して立ち退いてもらうことになりました。その時に、多くの神に集まってもらい、皆の意見を聞きます。その時の指導者が高御産巣日神と天照大御神命です。 そのときに決まった代表者の名前が、天菩比神です。 その後、アマテラスの孫のニニギ命が降臨したストーリーになっています。だから、三人の神は、「並獨神成坐而。隱身也」と書いてありますが、高御産巣日神は、高天原へ戻ってきたと思われます。
「日本大好き No132 イザナギは近江へ行った? 」
http://blog.so-net.ne.jp/nihonnsi/2007-07-22
において、イザナギが近江の多賀に行ったことは古事記に書かれていますと書きました。しかし、日本書紀には、イザナギは淡路島の多賀に行ったと書いてあります。どちらかが、間違っているらしいことを書きましたが、私は近江の多賀に行ったと考え、白王や多賀や宮内の地名のことを書き、古事記が正しいのではないかと記しました。

このように大将が、次に攻めるというか、支配しようとするときには、必ず、調査を行います。天之御中主神は、そのような役目を負っていたのではないかと思っています。イザナギは、ツキヨミに、「夜之食國」の統治を、アマテラスに高天原の統治を命じます。その後、アマテラスを福知山近辺に派遣します。このようなときには、事前にしらべる必要があります。
「新しい日本の歴史No90アマテラスとツキヨミ福地山へ進出  2005.11.1」
http://blog.so-net.ne.jp/nihonnsi/archive/20051118 に少し書きました。
天之御中主神は、イザナギの秘密部隊というかアメリカのCIAのような役割の人ではなかったかと思っています。そのために、古事記の最初に出てくるだけで、以後、どこにも現れません。

日本書紀にも登場しません。日本書紀の作者は、知っていたらしいです。その証拠に、別の書きものの、第4番目には書き記しています。これは、あくまで、このような記録があったという書き方で、日本書紀の本文では、国常立尊が最初の神です。では、この神は、どのように出来上がったのかが、その前に書いてありますから、ご自分で確かめてください。
ずっと、戻りますと、変なことが書いてあります。---大変尊いお方は「尊」といい、それ以外のお方は「命」といい、ともにミコトと訓む---と書いてあります。このように書いておかないと、誰にも判らないといけないので、注意書きを入れたと思われます。それまで、古事記と同じように、「神」とされていたか、「命」ではなかったかと推察します。

私の推理は、天之御中主神はあちこちで、調査を行いましたが、その痕跡が、現在祀られている神社と関係があるのではないか。 滋賀県近江八幡市中の庄は、すぐ、東に白王という地名があります。白王は、イザナギと関係があると思われます。(白山も関係があると考えています。これから調べるところです)  白王から水路を隔てた本土側に、多賀があります。

滋賀県蒲生郡竜王町大字川守41

滋賀県に雪野山があり、頂上に前方後円墳があ、三角縁神獣鏡が出土したとありましたので行きました。http://www.bcap.co.jp/yokaichi-kanko/kankospot/yukinoyama.html
雪野山は別名、龍王山と言いますから、麓には、中国人が住んでいたと目星をつけて行きました。山の南の麓には、龍王寺というお寺がありました。こちらは、調べていません。その隣に「天神社」がありました。建替え中で、社はありませんでしたが、祭神が、天御中主神と書いてありました。
「天神社」はどのように読むのか判りませんが、「天神 社」ではなく、「天 神社」であることが判ります。
この時に、どうしてこんな所に、こんな神さんが祀られているのだと思っていましたが、やはり、紀元前には、天御中主神に関係のある人が、住み着いたと考えるのが、自然のように思います。この山に登ってください。戦略的に重要ないちであることが、すぐに分かると思います。

古事記に一度だけ、出現した天之御中主神ですが、このような見方をしますと、イザナギが近江の多賀にきたことの補強になります。

試しに、天之御中主神をキーワードにして、検索してヒットしたものを全部読んでください。本では、中西 進氏の『古事記を読む1』は、素晴らしい創造力や資料、他の人の説などを交えて、見事に論破しておられます。

私のお粗末です。古事記の最初の部分は、「古事記の新しい読み方http://homepage1.nifty.com/o-mino/page196.html に書いています。古事記は、なにも宇宙がどのようにして出来たかなどとは、書いてはありません。
これを読んだ日本書紀の編纂者は、よく意味が判らなかったのでしょう。みんなで、宇宙は、地球はどうしてできたか を考えて書きました。これはこれで見事です。現在でも、通用するような宇宙のでき方を書いています。
それだけに、みなさんは、古事記も日本書記も同じようなことが書いてあると捉えておられます。
両方とも、わずかの文章です。全く違うことが書いてあります。読んでください。

天御中主尊神社には、「天」がつけられています。天孫族のNO2であったと考えています。 

追記 ほかに、次のような神社に、天之御中主神が祭られています。一度、調べてください。
相当、遊ぶことができます。
天御中主神社 新宮市佐野山田 
青麻神社 宮城県仙台市宮城野区岩切字青麻沢30
祭神 天之御中主神・天照大御神・月読神
岡太神社 兵庫県西宮市小松南町2-2-8
  祭神 天御中主大神 合祀 高皇産靈神、素盞嗚神、稻田姫神、大己貴神、蘇民將來
岡太神社は、当時、海の中だと思いますが、・・・。いろいろ考えるだけで楽しいです。近くの人は行かれたら良いかも知れません。


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コメント 2

履歴書の封筒の書き方

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
by 履歴書の封筒の書き方 (2011-12-11 12:27) 

vetty

天之御中主神の記事にコメントありがとうございました。このかみさんは、古事記の最初ら登場する神ですから、太安万侶は、天武天皇から頼まれたことを、先ず最初に記しました。どうして、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神のことを研究されないのか、不思議です。
 今、三人の神のことは、〔日本史  五色塚古墳はイザナギのお墓 イザナミのお墓(28)目印-日御碕(11) 少名毘古那神(5)〕で書いている最中です。少名毘古那神は、神産巣日神の子供だと古事記には書いてあります。 日本書紀は、高御産巣日神だと書いています。天之御中主神が残ってしまいます。書いている文章の流れからは、天之御中主神は滇の御中主神かいなと思っている所です。
by vetty (2012-01-06 09:27) 

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