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No256 出雲と地名と陶棺 [日本大好き]

前回では、隋書の作者は、報告を受けた人が、「竹斯国(筑紫)に至り、また東して秦王国に至る」と言っているのを聞きました。秦王国という名前の国を見つけたのでしょう。しかし、本当にそのような名前の国があったかどうかは判りません。日本の記録にないのであれば、なかったのかも知れません。秦王国へ行った人が、「秦」に似ていたと思ったことは確かでしょう。
 No255において、「西周、燕、晋、宋、斎、秦、楚の春秋時代に西域に一番近い国が秦です」と書きました。これは重要なことです。近いということは、一番西域の影響をうけたはずです。影響を受けたということは、文化や物が勝手にやってくることはありません。やはり、人の交流があったと考えなければなりません。
No255において、イスラエルが滅ぼされたのが紀元前722年で、始皇帝が即位したのが紀元前220年頃ですと書きました。仮にユダヤ人が、イスラエルを後にして西へ向かった一族が秦に来たとしますと、500年たっていたことになります。500年を経過しますと、人間はどのように変わるのでしょうか? 見た目は、漢人とユダヤ人は区別がつきにくくなりますが、習慣の一部は残るのではないかと推察しています。

中国の春秋時代がどのような経過をたどったかは、皆目調べていませんが、秦始皇帝は
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%8B%E7%9A%87%E5%B8%9D#.E5.87.BA.E7.94.9F
紀元221年に中国を統一しています。興味のある方は、始皇帝のことを調べて頂きますと、いろいろのことが発見できるのではないかと思います。2000年も前のことなのに、現在の中国は、秦始皇帝のことをカモフラージュしているのではないかと私は思ったりします。

 このような目で眺めてきますと、報告者は、秦王国は、やはり、秦始皇帝の影響を受けた匂いのするものを住んでいる人から感じたのでしょう。しかし、現在では、このことについて書かれたものはありませんから、このことを立証することはできません。
秦王国がユダヤの影響を受けていたとしますと、日本では、地名に残っているような気がします。
 ユダヤ人と地名は直接関係ありませんが、棺桶に陶棺というのがあります。
(写真: http://homepage2.nifty.com/mino-sigaku/page530.html ) (http://homepage2.nifty.com/mino-sigaku/page536.html )
陶棺が見付かるところは、岡山県のうち7割が吉備です。吉備とはどのような意味があるのでしょうか? 地名はすべて意味があるはずです。判りません。国名だけではなく、郡名にも、英多・苫田・久米・大庭・邑久・・和気・磐梨と読むことも困難な郡名があり、村では神庭、巨勢、公文、周匝、弓削、香香美、大倭、倭文西、倭文中、倭文東、打穴、垪和、大垪、佐伯、石生、雄神等が見つかります。すべてがユダヤ関連の地名とはかぎりませんが、難読の地名が多いのが特徴です。

 特に陶棺が出土した地域には、神庭(カンバ)、神代(コウジロ)、神戸(ゴウト、カンド)、神田(コウダ)、神郷(シンゴ)、神(コウ)から判るように、「神」がつく地名が多く、カミとは発音しません。
このように地図をながめてきますと、岡山県は、他の地域と異なることがわかります。神がつく地名は、「日本地名索引」で検索しますと、全国に2900件ほどあります。神ヶ村、神ヶ沢、神ヶ原、神ノ浦、神ノ山、神の石、神の川、神屋、神久、いくらでもあります。有名なのは、神戸、神田です。これは、神社と関係があると単純に考えていましたが、神戸をこうべと読まないものは、検討するに値します。

神地名の分布をみますと、北海道をのぞきますと、長野、岐阜、静岡、愛知、三重、兵庫、岡山、広島、山口に多いです。またもや、絹に関するところと一致してきます。

岡山県の陶棺の多さについては、地元の間壁忠彦・間壁葭子氏が、『吉備古代史の未知を解く』の著書で、解明を試みられていますが、結論は判らないことになっています。しかし、田村誠一氏は、ほんの僅かのことに注目して、これはユダヤ人の棺桶であると説明されています。そのことは、次のところで書きましたので読んでください。 http://homepage1.nifty.com/o-mino/page585.html

一言で言いますと、陶棺にかかれた動物が、日本には、当時居なかった羊の一種で、尾の太い「寒羊」の絵が描かれていた事実です。そのような絵一枚ぐらいでは証拠にならないと言われると思います。謎だが結論でも別にかまいませんが、美作の謎はいつまでたっても解決しません。吉備の謎も解決しません。

どのような説明をしても、この不思議な形をした棺桶を説明しきれる人はなかなか出
ないと思います。仮に、岡山県の陶棺が説明できても、他の地域の陶棺は説明できないと思います。
 ユダヤ人が、絹に関係があったということにしますと、全国に分布する陶棺の説明は可能と思います。(現在、確認作業中です) 
そこで、上に書きましたように、「神」の付く地名が、仮にユダヤと関係があるとしますと、出雲に神の字がつく地名が多いかどうかです。地図を開いて、神戸川周辺を眺めてください。
出雲大社の南を当時斐伊川が日本海に注いでいて南は神門郡(簸川郡)で、この付近に神氷、神庭などのユダ人独特の地名が見つかります。なんだ、たった3つかと思われる方も大勢おられると思われるでしょう。 他の地域でも、「神」と付く地名がありますと、陶棺が見つかったり絹が見つかったりします。
 この間の5月(2007年)の連休に、水銀を求めて、紀ノ川沿いを走ってきました。丹生都比売神社へ向かう途中に「神田」という地名が目にとまりました。確か「こうだ」と書いてあったような気がします。もし、ユダヤ人と関係があるとしますと、ユダヤ人は、水銀とも結び付くと考えました。
神が付く人名や神名も、ユダヤ人と関係があると考えています。神武天皇は、別名・神倭伊波禮毘古命は、その代表です。
 神の字がつく地名が、ユダヤ人と関係があるのではないかという話を次回に書いてみます。


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