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No714神武東征(163)  神武天皇(106) 奥津鏡・辺津鏡(2) [日本大好き]

どうやら、奥津鏡・辺津鏡は、自分たちが由緒正しいことを示す重要なものであったらしいです。
 その外のものとしては、剣と玉、珠も重要であったようです。此れらのものは、自分たちの出生の証ではなく、いろいろの力を持っていたようです。
 古事記では、大国主神が、難儀に出合った時に、助けてもらった話が掲載されています。

 大国主神は、全国を行脚したらしく、その崇敬者たちが、神社を建て、大国主神を祭神として祀っていることから、日本建国に重要な人であったことが、推察されます。
 大国主神が住んでいた所に拠って異なる名前が使われていたらしく、古事記の作者は、5つの名前を書いています。
 
 兵庫県三木市には、三坂神社とか御坂神社の祭神として葦原色許男神の名前で祀られていますから、この辺りに住んでいたと考えてもいいのではないかと思います。
1.  御坂神社    志染・御坂字宮ノ東   (みさか)
2.  郷社御酒神社  細川・垂穂字前田    (みさけ)
3.  社三坂神社  久留美・加佐字宮本
4.  村社三坂神社  細川・豊地字上ノカチ
5.  村社御酒神社  別所・石野字三坂山
6.  村社美坂神社  別所・東這田字前山
7.  無格社御坂社  志染・吉田
8.  無格社御坂社  志染・安福田
 等があります。

 古事記では、上記の記事に続いて、〔稲羽の素莵〕の話が挿入されています。この部分は、神話の代表として捉えられているため、学者によって、解釈の仕方は色々です。
 確かに、書かれてある内容は、現代の人には、理解困難なところがいっぱいですが、前回、出石神社の祭神として、書かれていた玉津宝・珠二貫・振浪比礼・印浪比礼・振風比礼・切風化礼の部分を物語風に書いたのではないかと考えています。

 大国主が結婚した人は、
八上比売  須勢理毘売  沼河比売  多紀理毘売  神屋楯比売命
鳥耳神  日名照額田毘道男伊許知邇神  葦那陀迦神  前玉比売
比那良志毘売  活玉前玉比売神  青沼馬沼押比売  若盡女神
遠津待根神
です。 この中の八上比売との結婚に至るまでの話が、〔稲羽の素莵〕の物語になります。
〔稲羽の素莵〕では、大国主神は、大穴牟遅神と呼ばれていたことになります。この物語では、大国主神の兄弟は、八十神いましたと書かれていますが、古事記では、それほど多くは記述されていません。大国主神は、兄弟の中では、位が低かったらしく、大きな袋を背負わさせられていたようです。
 兄弟たちは、伯耆の国に、住んでいたようですが、兄弟皆で、大旅行に出発しました。行き先は、因幡国の八頭郡八上に住んでいる八上比売がお目当ての様で、皆が結婚したいと思う程の素晴らしい女性だったと思われます。

現在、八上に売沼神社があり、八上比売が祀られていますから、この神社の近くに住んでいたと思われます。http://www.genbu.net/data/inaba/menuma_title.htm
 
 八上比売は、大国主神にとって、最初の妃ですから、日本書紀に書かれていてもいい筈ですが、書かれていません。このことが、重要だと考えています。又、式内社であることと、八上比売を祀って在るのであれば、神社の名前が、八上比売神社とか、八上神社であってもいいのですが、売沼神社となっています。式内社になったのは、何時のことか判りませんが、900年頃にできた延喜式の神名帳に載っている神社ですから、古い神社です。
 この様に、誰かが八上比売という名前を消そうとしたと考えますと、実際に実在した人であると考える根拠になります。
 
 〔稲羽の素莵〕の中では、奥津鏡・辺津鏡も、剣や玉、珠も登場しませんが、大国主神が、いじめられた兎を助けたことが、縁になって、一番下っぱの大国主神が、八上比売と結婚することになります。
 それが、一応、八十神の皆からの怨みを買うこととなり、その後、苛められます。
 物語りは、苛められたことになっていますが、理由は別にあったのではないかと考えています。

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