No720神武東征(169) 神武天皇(112) 奥津鏡・辺津鏡(8) [日本大好き]
その後、古事記原文には、次の様に書いてあります。
亦鳴鏑射入大野之中。令採其矢。故人其野時。即以火迴燒其野。於是不知所出之間。鼠來云。内者富良富良【此四字以音】外者須夫須夫【此四字以音巳】如此言故。蹈其處者。落隱入之間。火者燒過。爾其鼠咋持其鳴鏑。出來而奉也。其矢羽者。其鼠子等皆喫也。
「亦」 と書いてありますから、呉公の領布や蜂の領布の事件と別のことになります。
スサノオは、鳴鏑を大野の中へ射入れました。 鳴鏑は見たことがありませんが、説明されているものでは、矢に鏑と称するものが付いていて、矢を射りますと、大きな音がするらしいです。普通の矢は、相手を射殺すためのものですが、これは、大きな音をさせて、相手に不安を与え、戦力を無くさせるために使う矢の様です。
その鳴鏑を取って来るように命令したようです。その後の文章から考えますと、普通の矢でなくて、鳴鏑を使った意図は良く分りません。 敢えて、理由を付けるとしますと、鳴鏑の飛んで行った場所が分り易いことでしょうか。
大国主神は、野に入りますと、直ぐに、周りから火をつけられてしまいました。大国主は、脱出する所が分りませんでした。その時に、鼠が出てきて、「内者富良富良」、「外者須夫須夫」と云いました。
この語句の後ろに、【此四字以音】と書かれていますから、書かれた漢字は、音だけを表して、意味はないことなります。
書き直しますと、「内はほらほら」 「外はすぶすぶ」となります。
鼠がこの様に言いますので、大国主神はその場所に踏み込みますと、(穴になっていて)落ちてしまい、そこに隠れていますと、火のついた草は焼けてしまいました。 そこで、鼠は鳴鏑をくわえて持って来て、大国主神にさし出しました。
その鳴鏑の羽は、その鼠の子供らがみな食べてしまっていました。
鳴鏑の羽を鼠の子供らが食べたことが、文章全体において、どのような役割があるのか、意味が分りません。
スサノオは、大国主神を殺そうとして、鳴鏑を野原に打ち込んで、取って来るように命じて、その後、火をつけて焼き殺そうとした事は確かです。
しかし、今度は動物である鼠に助けられたことになります。
鼠の言った「内はほらほら」 「外はすぶすぶ」は、どのような意味を持つのかが解りません。 古事記の翻訳者は、「内部はうつろで、外部はすぼんでいる」 なんだか、呪文のようにも思えるのですが、語句の前後から考えますと、翻訳者が、欄外に書いたヒントの「内部はうつろで、外部はすぼんでいる」 が良いのかも知れません。
亦鳴鏑射入大野之中。令採其矢。故人其野時。即以火迴燒其野。於是不知所出之間。鼠來云。内者富良富良【此四字以音】外者須夫須夫【此四字以音巳】如此言故。蹈其處者。落隱入之間。火者燒過。爾其鼠咋持其鳴鏑。出來而奉也。其矢羽者。其鼠子等皆喫也。
「亦」 と書いてありますから、呉公の領布や蜂の領布の事件と別のことになります。
スサノオは、鳴鏑を大野の中へ射入れました。 鳴鏑は見たことがありませんが、説明されているものでは、矢に鏑と称するものが付いていて、矢を射りますと、大きな音がするらしいです。普通の矢は、相手を射殺すためのものですが、これは、大きな音をさせて、相手に不安を与え、戦力を無くさせるために使う矢の様です。
その鳴鏑を取って来るように命令したようです。その後の文章から考えますと、普通の矢でなくて、鳴鏑を使った意図は良く分りません。 敢えて、理由を付けるとしますと、鳴鏑の飛んで行った場所が分り易いことでしょうか。
大国主神は、野に入りますと、直ぐに、周りから火をつけられてしまいました。大国主は、脱出する所が分りませんでした。その時に、鼠が出てきて、「内者富良富良」、「外者須夫須夫」と云いました。
この語句の後ろに、【此四字以音】と書かれていますから、書かれた漢字は、音だけを表して、意味はないことなります。
書き直しますと、「内はほらほら」 「外はすぶすぶ」となります。
鼠がこの様に言いますので、大国主神はその場所に踏み込みますと、(穴になっていて)落ちてしまい、そこに隠れていますと、火のついた草は焼けてしまいました。 そこで、鼠は鳴鏑をくわえて持って来て、大国主神にさし出しました。
その鳴鏑の羽は、その鼠の子供らがみな食べてしまっていました。
鳴鏑の羽を鼠の子供らが食べたことが、文章全体において、どのような役割があるのか、意味が分りません。
スサノオは、大国主神を殺そうとして、鳴鏑を野原に打ち込んで、取って来るように命じて、その後、火をつけて焼き殺そうとした事は確かです。
しかし、今度は動物である鼠に助けられたことになります。
鼠の言った「内はほらほら」 「外はすぶすぶ」は、どのような意味を持つのかが解りません。 古事記の翻訳者は、「内部はうつろで、外部はすぼんでいる」 なんだか、呪文のようにも思えるのですが、語句の前後から考えますと、翻訳者が、欄外に書いたヒントの「内部はうつろで、外部はすぼんでいる」 が良いのかも知れません。
2010-02-11 05:39
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