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No802神武東征(251)  神武天皇(194)  大物主大神(22) 日吉津村(4) [日本大好き]

蚊屋島神社の由緒に〔旧神職田口家氏の伝へに、代々弓射る事と雉子の肉を食ふ事を厳く禁ず(当社の氏子鹿の肉を食はずとの伝もあり)之れ天若彦の古事に因みてなるべし〕と書いてあることを紹介しました。
 前回、天照高比売命、天若彦神のことを書いてみますと書きましたが、天照高比売命の前書いてある〔天照〕の字は、WEBで検索しましたが、一例もヒットしませんでした。
 一応、どの資料にも残されていないと云うことは、この蚊屋島神社のみが、自分たちの高比売命の権威を高めるために、〔天照〕を付けたことになります。
 とはいうものの、〔天照〕の字を付けて、権威を高めた例があるかどか確認していません。

 沢山ある祭神の内、素戔鳴尊、金山彦、天照皇大御神は合祀をしたとき、蚊屋島神社に祀られたとし、残りの祭神は、天照高比売命、天若彦神、豊受姫命、大年神、天栲萬幡豊秋津姫命、天手力雄命、級長津彦命、月夜見命、猿田彦大神、神倭姫命、天太玉命、大己貴命、事代主神と書きました。
 すべて、神話に登場する神ですが、多すぎます。
高比売命にのみ、〔天照〕の字を付けて、元々の祭神は、高比売命だけであることを示そうとしたのかも知れません。このことは、この由緒を書いた担当者が、暗に書いておられるように思われます。

担当者がいろいろ書かれた中に、〔之れ天若彦の古事に因みてなるべし〕があります。祭神では〔天若彦神〕とあります。
 この神の名前は、古事記に登場してきます。

天照大神らが、高天原にて新しい新世界を造ろうとヒルゼン高原に移り住みましたが、努力しました稲作は上手くいかなかったようです。でも、稲作をしようと努力したことは、〔田〕のつく地名がいっぱい残っていることで証明されています。
そこで、天照大神らは、相談の結果、高天原を撤退して、下界に降りることにしましたが、日本海沿岸は、出雲をはじめ、東郷湖のあたり等は、中国人の人達が生活を始めていました。そこで、大国主神が治めていた所を明け渡す様に交渉することになりました。
その時の交渉人が天若彦神です。

実は、天若彦神を派遣する前に、天菩比神を派遣しました。その時の様子は、古事記では次の様に書いてあります。

原文
天照大御神之命以。豐葦原之千秋長五百秋之水穗國者。我御子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命之所知國。言因賜而天降也。
於是天忍穗耳命於天浮橋多多志【此三字以音】而詔之。豐葦原之千秋長五百秋之水穗國者。伊多久佐夜藝弖【此七字以音】有那理【此二字以音。下效此】告而。更還上。請于天照大神。
爾高御産巣日神天照大御神之命以。於天安河之河原神集八百萬神集而。思金神令思而詔。此葦原中國者。我御子之所知國。言依所賜之國也。故以爲於此國道速振荒振國神等之多在。是使何神而將言趣。
爾思金神及八百萬神議白之。天菩比神。是可遣。故遣天菩比神者。乃媚附大國主神。至于三年不復奏。

態々、原文で書きました。書きました私も、ろくに読むことが出来ないのですが、原文を見ると云うことは、大切だなと思っています。このことは、
No797神武東征(246)  神武天皇(189)  大物主大神(16)  久延毘古と崩彦
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2010-06-26 に於いて、
〔倉野憲司氏は、久延毘古と訳さず、「崩彦」と翻訳したと書きましたが、古事記の原文に〔久延毘古〕と書いてあるのに、翻訳本では、久延毘古と書かないで、わざわざ、「崩彦」と書いたのは、どう解釈をすればいいのでしょう〕と書いて、翻訳者でも、原文を変えようとされることを見て頂きました。

少しだけ、気が付いた事を書いてみます。
意味は分からなくても、天忍穗耳命という人物は登場していることは判ります。
天浮橋多多志の部分は、翻訳者は、〔天浮橋に立たして〕と書いておられますが、本当に、〔立たして〕で良いのだろうか。 原文にどうして、〔立〕の漢字が使っていないのだろうか。どうして、太安万侶は〔多多志【此三字以音】〕 このように、自分は何処が疑問かが判ります。
 このように考えた上で、翻訳文を読みますと、太安万侶が何を云いたかったのかが判る様な気がします。
 古事記は、漢文ではありませんから、そのような読み方をしたら間違いだという云い方は通用しません。
天忍穗耳命は天照大神の子供です。 何故か、天忍穗耳命が水穗國に降り立つのではなく、瓊瓊芸命が降りたちます。瓊瓊芸命は次男です。なぜ、次男がと思っても、何処にもその理由は書いてありません。
 このように考えて行きますと、天照高比売命、天若彦神の事がかいてある部分は、重要な部分であることが判ってきます。
神社に残る祭神は、天若彦神ですが、鳥取神社誌を書いた人は、天若彦神と書かずに、天若彦と書きました。古事記では天若日子。日本書紀には、天稚彦と書いてあります。

その鍵を蚊屋島神社が握っていると考えています。

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コメント 1

上野秀雄

天照大神らが、高天原にて新しい新世界を造ろうとヒルゼン高原に移り住みましたが・・・
これはヒルゼン高原が高天原ということでしょうか?そういう説も聞いたこともあります。

by 上野秀雄 (2016-12-24 21:49) 

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