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No851神武東征(300)  神武天皇(243)  大物主大神(71) 武器 [日本大好き]

建御雷神を雷神、刀剣の神、弓術の神、武神、軍神を捉えておられる方は、歴史を勉強されていません。
 建御雷神のお話は、天孫降臨のころのことです。アマテラスが命令したのですから、武器等は無かったと思われます。
 あったことは有ったのですが、その武器は、九州の古墳から、漢の鏡と一緒に見付かっています。この武器は、九州へやって来ていた中国人のものです。

魏志倭人伝は、中国の歴史書ですから、知らなくてもいいようなものですが、ここには、魏の国からやってきた人が、日本人の武器はどのようなものであったかを書いています。
天孫降臨のころから400年も経った頃の日本です。紀元後、250年頃のことです。

 日本書紀が書かれたのは、720年です。
 この頃になっても、藤原氏は、大物主大神を伯耆国ではなく、大和国に持ってこようとしました。それが現在の奈良・桜井市にある大神神社です。

大物主大神が伯耆国に居たことになりますと、大物主大神の孫である伊須気余理比売も伯耆に居たことになります。伯耆に居た伊須気余理比売と大神神社の近くに居た神武天皇が、結婚するのは、不自然ですから、大物主大神はどのような神であるかを日本書紀に書きましたが、意味不明です。
 
 この様な事を何度、書いても誰も認めることはされないと思います。

本当は、建御雷神も 経津主神も軍神ではなく、絹の神さんであることの説明をしようと思いましたが、経津主神と出雲は大いに関係があることが、解ってきましたので、出雲とは、どのような国であったのかを書いてみようと思います。

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コメント 2

中山佳久

大物主大神=大山積のことでは?そして元をたどればクナト大神でヒッタイト。
by 中山佳久 (2014-07-11 02:04) 

vetty

コメントありがとうございました。本日見た所です。
大山積が分かりません。大山祇命と同じであれば、古事記では大山津見神と書かれている神となっています。
木の花佐久夜比売の父は、古事記では、大山津見神。日本書紀では大山祇神です。
木の花佐久夜比売の別名は、古事記では神阿多都比売と書いてあります。日本書紀では、
鹿葦津姫または葦津姫(カヤツヒメ)が本名で、コノハナノサクヤビメは別名としています。 神阿多都比売のように、前に神の付く神は、ユダヤ人ではないかと考えています。
神産巣日神(6)  http://asilka.blog61.fc2.com/blog-entry-1243.html
神倭伊波礼毘古命もそうです。 訳が解らなくなっています。大山祇命を祀る神社は、鳥取県に多い様に思います。

by vetty (2014-08-08 08:34) 

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