歴史各論 三角縁神獣鏡(61) 魏志倭人伝(12) 邪馬壹国は、どこに(9) [三角縁神獣鏡]
Coogle Earthで、対馬と壱岐を見て頂きましたか。
対馬の広さは、方400里、壱岐は方300里です。これは、面積の単位ですが、ここに書いてある400里と300里は長さです。と云うことは、面積は、二乗比になりますから、
対馬と壱岐の面積比、16対9 になります。おかしいですね。見た感じでは、対馬の方が大きく見えます。
この話は、250年頃の事です。紀元前後は、国道2号線の辺りは、海岸線だったと思っています。地名で云いますと、岡山駅の辺りは、海でした。それから、250年経っていますから、陸の部分は広くなっていたでしょうが、やはり、16対9どころか、壱岐の方が小さく見えます。
Coogle Earthではなくて、日本の対馬の地図をご覧ください。Coogle Earthでは、対馬は一つの島の様に見えていますが、もっと、拡大すると、島が多く見えるのでしょう。
朝鮮半島から船で対馬にやってきますと、対馬海流に流されて、対馬の北の方へ着いたのではないでしょうか。その時に、島が多いとしますと、400里とは書いてありますが、測量を間違えたのではないかと。
陳寿に応援し、陳寿が書いた方400里と方300里は、あくまで正しいとなるように考えるつもりになっています。
どうして、島の大きさを方400里というような表現を使うのでしょう。
昔は、ある広いところを表すのに、甲子園球場 何個分の広さと云いました。国民皆が甲子園球場をの広さは知りませんが、大阪なら知っています。ドームは、全国あちこちにあるから、これも分りやすいかも知れません。
【東夷伝】で高句麗は遼東より東に千里、方四千里とあります。これも、対馬や壱岐と同じ、表現です。しかし、壱岐ですと、島の周りを船で測量できますが、高句麗は、陸地ですし、大き過ぎます。 船では測量出来ないし、とうして測量したのでしょう。
測量方法は、私の頭で考れる方法は、天体を利用するしかないでしょう。この頃の中国に六分儀のようなものはあったのでしょうか。
ヨーロッパですと、確か、紀元前には、既に、有ったように記憶します。そのころ、中国とヨーロッパは交流があったでしょう。交流があったのであれば、当然、天体の利用はあったであろう。
と勝手に決めることにしました。
次回につづく。
対馬の広さは、方400里、壱岐は方300里です。これは、面積の単位ですが、ここに書いてある400里と300里は長さです。と云うことは、面積は、二乗比になりますから、
対馬と壱岐の面積比、16対9 になります。おかしいですね。見た感じでは、対馬の方が大きく見えます。
この話は、250年頃の事です。紀元前後は、国道2号線の辺りは、海岸線だったと思っています。地名で云いますと、岡山駅の辺りは、海でした。それから、250年経っていますから、陸の部分は広くなっていたでしょうが、やはり、16対9どころか、壱岐の方が小さく見えます。
Coogle Earthではなくて、日本の対馬の地図をご覧ください。Coogle Earthでは、対馬は一つの島の様に見えていますが、もっと、拡大すると、島が多く見えるのでしょう。
朝鮮半島から船で対馬にやってきますと、対馬海流に流されて、対馬の北の方へ着いたのではないでしょうか。その時に、島が多いとしますと、400里とは書いてありますが、測量を間違えたのではないかと。
陳寿に応援し、陳寿が書いた方400里と方300里は、あくまで正しいとなるように考えるつもりになっています。
どうして、島の大きさを方400里というような表現を使うのでしょう。
昔は、ある広いところを表すのに、甲子園球場 何個分の広さと云いました。国民皆が甲子園球場をの広さは知りませんが、大阪なら知っています。ドームは、全国あちこちにあるから、これも分りやすいかも知れません。
【東夷伝】で高句麗は遼東より東に千里、方四千里とあります。これも、対馬や壱岐と同じ、表現です。しかし、壱岐ですと、島の周りを船で測量できますが、高句麗は、陸地ですし、大き過ぎます。 船では測量出来ないし、とうして測量したのでしょう。
測量方法は、私の頭で考れる方法は、天体を利用するしかないでしょう。この頃の中国に六分儀のようなものはあったのでしょうか。
ヨーロッパですと、確か、紀元前には、既に、有ったように記憶します。そのころ、中国とヨーロッパは交流があったでしょう。交流があったのであれば、当然、天体の利用はあったであろう。
と勝手に決めることにしました。
次回につづく。
2012-01-30 05:39
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