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小さな発見 天沼矛 [日本史]

歴史に興味を持ちだして、15,6年になると思いますが、調べる程に、皆さんが考えておられる日本の歴史と、どんどん離れて行くように思っています。
 その原因が、古事記は偽書で、日本書紀が正史だと云うことが、定着しているからではないかと思い、最近、古事記の見直しをしています。
 
 調べる事があまりにも厖大になってきましたから、
【神話ではなかった古事記】
http://blog.goo.ne.jp/skeikas

【帯広発~大阪行】
http://obitikuoosaka.blog.fc2.com/

に分けて書いていますが、追いつきませんので、今書いているブログにも書き始めて、自分でも、頭が混乱です。

【神話ではなかった古事記】では、京都府綾部市にある阿須々伎神社に拘っています。
 この神社の祭神は、天御中主神 神皇産靈神 高皇産靈神 道主貴神 の四人ですが、前の三人の神が、古事記の最初に登場することが不自然なので、拘っています。

 神皇産靈神 高皇産靈神の二人とも、日本の天皇の誕生に重大な役割をしたので、最初に、太安万侶は、掲載したと考え、調べ出しましたが、 高皇産靈神はと神皇産靈神は、ユダヤ人で、遠くから遣って来ただけに、世界中を移動出来る知識と金や銀の採掘の技術をもっていたのではと推理しています。
 神皇産靈神の方は、それらに加えることに、稲作と養蚕の技術をチベットから日本に持ってきたのではないかと考えているのですが、どうして、チベットなのかは、神皇産靈神の息子の少彦名命が、どうやら、中国の海南島あたりから帰ってきた事が、古事記に書いてあります。
 それでは、チベットから遣って来たことにならないので困っていました。

 昨日から、古事記に書かれている神の名前が、日本書紀ではどのように書かれているかを、全部調べる積りになって、一覧表を作成し始めました。

古事記は、直ぐに、日本が出来たことを書き始めています。最初に作ったのは、オノゴロ島で、
『古事記』では淤能碁呂島(おのごろじま)、『日本書紀』では磤馭慮島(おのころじま、初字は「石殷」で一字)と表記しています。

『古事記』によれば、伊邪那岐(イザナギ)・伊邪那美(イザナミ)の二柱の神は、別天津神たちに漂っていた大地を完成させることを命じられ、天沼矛を与えられた。伊邪那岐・伊邪那美は、天浮橋(あめのうきはし)に立って、天沼矛で、渾沌とした大地をかき混ぜたところ、矛から滴り落ちたものが、積もって淤能碁呂島(おのごろじま)となった。

いくら矛から滴り落ちたものが、積もっても島に成るわがありませんから、神話だと云われていますが、是は、本当の事なのです。
 この島つくりに使われたのが、タイトルに書きました<天沼矛>です。
 
これは、中国の雲南省あたりで使われていたスコップのことです。

 この話題は、【オノコロ島の造成】に書きました。
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2004/12/post.html
2004.12.03 に書いてあるのを発見しました。
 
 指の間からこぼれる程の小さな少彦名命が、天の羅摩船に乗って大国主の前に現れた物語と天沼矛をかき回していたら、日本の最初の島であるオノコロ島が出来た話がドッキングしますと、日本には、紀元前に、チベットどころか、もっと遠い所から、ユダヤ人がやってきていたのだという歴史の一部が解明出来たことになります。

タイトルに【ちいさな発見】と書きましたが、大きな発見だと思います。

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