So-net無料ブログ作成
検索選択

根の国堅州は高麗村唐王   69  -101- [真説 建国史]

スサノオ命はすでに述べた様に遼東半島付近にあった燕からの亡命者だった。この時沢山の宮人をつれて西伯郡に渡来した。伯耆とはもともと母来と書かれ、スサノオ命の母が来たことに由来している。現在の伯耆は呉の太伯の老人を尊敬した意味と考えたい。天照大御神が周の時代の呉の太伯の子孫だと考えられる一つの根拠である。 スサノオ命は一時出雲の須賀に住んでいたがもとの古墳の根の国堅州に戻って、女のスセリ姫と暮らしていた。ここに葦原色許男が訪ねて行って恋仲となった。この非常に特定の人物が高麗村唐王の唐王神社に祀られていた。 しかも由緒までが詳細で古事記と一致した。 根の国とは日野川のデルタ地帯が木の根と共通である。当時ここは独立した島だった。従って陸の部分が根国であるべきだ。堅州とはデルタ地帯でない地形の意味である。唐王神社の由緒と古事記の記述が一致していたことは稗田阿礼がここの古老から伝承を聞きだした証拠である。




---私のコメント---「しかも由緒までが詳細で古事記と一致した」ことが重要視されていますが、これは認めて良いのではと思います。ここまで考えて、由緒を読まれる方はおられないと思います。

なぜ、神社の由緒と古事記が一致したかと云いますと、「稗田阿礼がここの古老から伝承を聞きだした」と記し、これが証拠だと記して居られます。
他に、一致する可能性は、考えられないでしょう。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1