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田村誠一氏はどのような人 [古墳から探る歴史]

田村誠一のお名前を知ることになったのは、何時の事かは、随分前で忘れてしまいました。
 次のタイトルの古書をお店で手に入れて以来です。

西暦は日本の建国紀元だった
古事記に真実が書かれていた
燦然と輝いていた古代・総集編

 裏表は、金色の表紙で、輝いていました。
 田村氏が出版された本は、一杯ありますが、歴史関係のものは、次の所にまとめました。
田村誠一氏の著書  
http://mino-sigaku.la.coocan.jp/page600.html 
 多くの研究成果をこのように本の形にされて、「第十九話の壬申の乱は日唐戦争」を書かれました。白村江の戦いの事ではありません。この後に、日本で起こった壬申の乱は日本と唐の戦いだったと云う内容です。
そんなことはありませんね。壬申の乱は、天智天皇が亡くなられた後にありました皇位継承の争いとされています。
 「第十九話の壬申の乱は日唐戦争」は第十八話までの成果を総動員させて書かれた事に成ります。
 日本の歴史を纏められたのが、第二十話 燦然と輝いていた古代に成ります。書き足りなくて、続、追の両書です。
 これらの本を理解して戴くには、どうしても、古事記を理解して戴かなくてはならないと思われたのでしょうか。古事記は、間違って、理解されている様ですので、古事記の解説書として、「平成古事記」の出版となりました。

著書一覧表に記しました発行日は、1989.08.15にしましたが、私が手にした「西暦は日本の建国紀元だった  燦然と輝いていた古代・総集編」は、平成12年4月29日に成っていました。
 この本の302pには、第一から第二十話までのタイトルと発行日が記されていました。

303ページは、欄外のページ数は記載されず、
 「ホケノ山古墳は三世紀前半の謎」とのタイトルで、一ページだけの文章を書いておられます。
その裏面は、

著者略歴と振り込み口座の資料

平成12年4月29日発行
 著者 田村誠一
 住所 大阪市-----2-18
 電話番号 -----192
 定価 2800円(税別) この電話番号は、御自宅の電話番号だったのではと思いました。

 変っているでしょう。この1ページは、次回の本の出版の時に、書かれれば良かったのです。 しかし、「総集編」ですから、おしまいにしようと思われたのでしょう。

 こんな変な編集は見たことが有りません。 きっと、この記事は、大発見だったので、後には廻したく無かったのだと思います。
 田村氏のお人柄がわかりますね。

最も、変わっているのは、タイトルの「西暦は日本の建国紀元だった」
こんなタイトルでしたら、誰も買わないでしょう。

西暦とは、日本人が作ったのではありませんが、誰が作ったか、調べましたが判りませんでした。今は、西暦2018年です。ということは、西暦元年は、今から2018年前です。

 私も真似をして、『西暦元年一月一日は神武天皇の即位の日』とのタイトルで、本を出版しましたが、こんなタイトルでは誰も買ってくれませんでした。30冊も売れたでしょうか。
 
 私は田村誠一氏の書かれたことを信じたことに成ります。 
 なぜ、信じて自分までも、本を出版したのかを、回を改めて書いてみます。


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