So-net無料ブログ作成
検索選択

神話ではなかった古事記・伊邪那岐命・伊邪那美命(6) [日本の歴史]

前回の白王の続きです。
 田村氏は、滋賀県に「白王」の地名があることを発見されました。

 近江八幡市に白王地名があり、その近くに多賀地名が有ります。これで、伊弉諾神は、白王であり、多賀という地名も伊弉諾神と関係が有ることが分ります。時代は、2000年、少し前であることも。

白王町の地図
http://map.yahoo.co.jp/maps?lat=35.19290324&lon=136.09448926&ac=25204&az=49.80&z=16&id=&fa=pa&ei=utf8&p=%E6%BB%8B%E8%B3%80%E7%9C%8C%E8%BF%91%E6%B1%9F%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%B8%82%E7%99%BD%E7%8E%8B%E7%94%BA80 

地図は、(+)印をクリックして、拡大してください。
東が干拓地(縦横に直線で囲まれた部分)になっていますから、地名・白王は、昔は、島であったことが分ります。
少し西に、長命寺が見えます。 ここは、山の上に有る寺です。

50年前に、私が高校生の時に、友人と二人で、大阪から、三泊して、自転車で琵琶湖一周をしました。その時に、長命寺で一泊しましたが、盗すまれるのが嫌で、山の上まで、自転車を担いで登った記憶が有りましたので、五年程前に、もう一度、車で行ってきました。 二度いきますと、見えるものが違います。
 
 伊弉諾神も、島に渡って、泊ったのでしょう。こんな記憶があって、次のようなこともありました。

神武天皇も、東征の時に、泊まった?  であろう所にも行ってきました。

笠岡市高島と高島宮です。
http://o-mino.la.coocan.jp/page1071.html

 この時は、車で、岡山県を走り回りました。そのついでに、頭にあった高島へ行きました。本土に車を止めておいて、一泊で、「泊王」がどのような所か見に行ってきました。

 地名は、案外、こんな調子で付けられたのではないかと考えています。


滋賀県には、多賀大社が有ります。素晴らしい神社です。お正月やお祭の時が一層素晴らしいです。
 多賀地名で有名なのは、淡路島の多賀です。 ここには、伊弉諾神宮が有ります。
2000年も経っているのに、伊弉諾神宮がどれだけ、大切にされているかが分ります。

ここも、一度、訪問してください。
 歴史は、歩くと考え方が変わります。

伊弉諾神宮
http://izanagi-jingu.jp/hp/

地図

 地図も是非 クリックして、ご覧ください。

池が一杯有ります。
大きな川が有りませんから、淡路島の方は、田の水に苦労された事が分ります。

実際に歩き廻りますと、このように頭が記憶してくれて、歴史を膨らませてくれます。

伊邪那岐命・伊邪那美命のことは、始めは、

於是天神、諸命以、詔伊邪那岐命・伊邪那美命二柱神「修理固成是多陀用幣流之國。」賜天沼矛而言依賜也。故、二柱神、立訓立云多多志天浮橋而指下其沼矛以畫者、鹽許々袁々呂々邇此七字以音畫鳴訓鳴云那志而引上時、自其矛末垂落之鹽累積、成嶋、是淤能呂嶋。


これだけでしたが、太安万侶は、詳しい事は、隠して書いていますから、読みとる必要が有ります。
 上に書きました「淤能碁呂嶋」は、どこに造ったと思われますか。

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(1) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1