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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(45) 古事記序文(16) 稗田阿礼 [日本の歴史]

 済みません。
稗田阿礼が実在する人か、実在しない人かを調べていましたのに、延喜式内社に脱線しました。
延喜式内社は、少し、書きましたが、きっと、聞かれた事は無い話だったと思います。

脱線ついでに、出雲に付いて書いておきます。
風土記というものが有ります。
「風土記」は713年(和銅6)に、風土記の編纂命令が諸国に下されました。
その命令は、
 (一)諸国の郡郷の名に「好字」をつける
 (二)郡内の産物の品目
 (三)土地の肥沃の状態
 (四)山川原野の名の由来
 (五)古老(ころう)が伝承している旧聞異事
 以上を史籍に記載して、提出しなさい。
この「諸国の郡郷の名に好字をつける」とは、
郡郷の名を漢字二字の嘉字(かじ)に改める命令です。
例えば、『古事記』に「肥(ひ)川」とある川は、
『日本書紀』では「簸(ひ)川」と表記されていますが、
『出雲国風土記』では「斐伊(ひい)川」とあります。
風土記は、全国で作られたと思いますが、残っているのは、
出雲(いずも)・常陸(ひたち)・播磨(はりま)・
豊後(ぶんご)・肥前(ひぜん)の「五風土記」です。

しかし、完全な形で残っているのは、出雲風土記だけだと言われています。
出雲風土記は、何度も挑戦しましたが、書いてあることが難しいですね。

「風土記」が作られ始めたのか、713年(和銅6)と聞けば、アレと思われませんか、
日本書紀が完成したのが、712年です。その次の年から、作り始めたことになります。

これは、藤原氏にとって都合のいい様に出雲風土記を作って、出雲風土記だけを残すようにしたのではないかと、最高に意地悪く考えて、出雲風土記を読み始めたのですが、その考察前に、出雲風土記を読み解く力がなくて、頓挫しています。

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