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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(67) 高天原は何処にあったか(12) [日本の歴史]

 タイトルの「高天原は何処にあったか」と随分離れてしまいましたが、高天原は何処にあったかに関する事は、太安万侶は、何も書いていません。
書いたのは、「天地初めて、発けし時」と記したのみです。
 これはいつ頃の事だと思われますか。

 三内丸山遺跡の事は、ご自分で簡単に調べる事が出来る様に、書いておきました。
 
http://jomon-japan.jp/jomon-sites/sannai-maruyama/」を使って、google 
を使いますと、詳しい歴史を調べることができます。
三内丸山遺跡は
縄文時代前期中頃から中期末(紀元前3,000年~紀元前2,200年頃)の、我が国を代表する大規模な集落遺跡です。
と書いてありますが、(紀元前3,000年~紀元前2,200年頃)とは、何時頃のことが、頭に描くことが出来ません。

日本で最多となる土偶約2,000点の出土に加え、低地からの食生活や環境を示す動植物遺存体、木製品、骨角器、編籠、漆製品などの有機質遺物、さらに、ヒスイや遠隔地産の黒曜石、アスファルトなどの交易品も多数出土しています。
①北海道産黒曜石製石器  
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E7%94%A3%E9%BB%92%E6%9B%9C%E7%9F%B3%E8%A3%BD%E7%9F%B3%E5%99%A8&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwif1ufygubSAhUBxrwKHXZjA-AQsAQIGQ&biw=1379&bih=678#spf=1

②ヒスイ製大珠
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%92%E3%82%B9%E3%82%A4%E8%A3%BD%E5%A4%A7%E7%8F%A0&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwim55eig-bSAhWBgLwKHR1eCvIQsAQIJg&biw=1379&bih=678#spf=1

稲や稗等の栽培もしない人達が、どうして、このような遠い所と交易をしていた事実は、どの様に解釈したらいいのか。歴史のプロの人は、報告していません。

この三内丸山遺跡は、忽然として無くなったことは分っているのですが、その原因は分らないとされています。
 何度も、登場して貰いました田村誠一氏は、この人達は、大陸へ渡り、その後、中山王国を築きましたと推理して居られます。
 ただ、それだけでは無くて、その人達は、日本に、又、逃げてきましたと推理です。

 このように書いてきますと、古事記は大ロマン物語であって、歴史ではありません。

ですから、歴史家は、【古事記】は、神話だと言っておられます。

しかし、私は、タイトルに<神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます>と書いています。
三内丸山遺跡が 縄文時代前期中頃から中期末(紀元前3,000年~紀元前2,200年頃)のものであることは、少しは、お解りになられたと思っています。

では、「天地初めて、発けし時」は、いつ頃のことかは、少しは、推理できたのではと思っています。

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