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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(81) 妹伊邪那美神(12) [日本の歴史]

 伊弉諾神と妹伊邪那美神の間には、子供が産まれました。ところが、水蛭子が産まれたと書いてあります。
 どうして産まれたかと云いますと、伊弉諾神と妹伊邪那美神と書いてある様に、二人は、兄妹の関係であったからでしょう。
 兄妹の関係であれば、必ず、水蛭子が生まれるとは限りませんが、生れる可能性の強いことは分かってます。
 分かっているからと言って、そのまま、天皇家の歴史の中に、書く必要があるのかと云いますと、一つには、高天原がヒルゼン高原に在ることを伝えたかったのです。

もう一つは続けて、次の文章が有るからです。

雖然、久美度邇此四字以音興而生子、水蛭子、此子者入葦船而流去。次生淡嶋、是亦不入子之例

 水蛭子の次に生れたのは、「淡島」でした。「是亦不入子之例」と書いたと言うことは、水蛭子も淡島も子供には入れませんと書きました。
 その後、次には、狭別島、二名島が産まれたことを書いています。
このことは、又、書く事にして、水蛭子のことです。 太安万侶は兄妹の間に産まれた子供は、水蛭子に成ることをどうして知っていたかです。

話は飛びますが、ひろさちや著 『ゆうゆう人生論』44ページに、古代インドの説話にある「ブラーナ文献」というものが有ることを紹介して居られます。
 ひろさちや氏は、哲学者で、インドの哲学書を読んで居られて見つけられたそうです。
 この文献の中に、「昼夜の起源の物語」という説話があり、この説話には、「ヤマとヤミーとの名の双生児—兄妹」が書いてあるそうです。 この話題の時代には、まだ、昼と夜の区別は無くて、どうして、夜賀誕生したか分かりませんが、哲学書に書いてあると言うので、印度は凄い国ですね。
 このお話は印度から、中国を経由して日本に伝わったと思われますが、中国も古い国ですが、中国にも、哲学書あったかどうか調べていません。

「ヤマとヤミーとの名の双生児—兄妹」は、気付かれましたか。

イザナギとイザナミ  双生児‐‐兄妹

私の興味は、其の当時、日本の絹は、中国を経由して、ユダヤ人によってローマに運ばれていたのではないかと考えています。

 この話は次回にします。

<すみません。 大幅に、掲載する原稿を間違っていました。前、半分が抜けていました。>
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