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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(103)別天つ神五柱(15) [日本の歴史]

 次のブログは、田村誠一氏著 『真説 建国史』の一ページです。

田村氏は、日本の建国史上、「因幡の白兎」のことが、重要だと思われたので、この文を書かれたのですが、生意気にも、意味が分かりにくいので、私がコメントとして、後に、久古神社のことを書いています。

なぜ神話が必要なのだろうか   82  -114- 
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2016-01-27 今、読み返しますと、余計に理解しにくい文章になっています。

ところが、此処には、久古神社の反対側(日野川をはさんで)に、西側に、[南部町 倭]という地名の事を書いています。

「久古」という地名と「倭」という地名のどちらが、大切かと言いますと、「倭」の方が、大切なのに、田村氏は、久古のほうを先に書かれているので、このような文章を書いているようです。

 前回、見て頂きましたように、久古神社の辺りの事は、辻褄が合わない所があります。

所謂、神話だろうと思われる話が一杯です。
 
 そこで、大国主の兄弟たちが、八上比売にプロポーズする為に、大旅行をした道を二泊三日かけて歩いてきました。

 出発点は、[南部町 倭]ですが、ここに行きますと、古事記に書かれている山や地名が出てくるのです。 日本書紀は、この白兎のことは、理解されなかったのか、書きたくなかったのか判りませんが、書きませんでした。、

と言うことは、[南部町 倭]は、中国では、日本国の事を倭国と呼んでいました。 

倭国
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%9B%BD 「倭」という漢字は、日本の事を呼ぶために、中国人が作った漢字ではないかと考えています。漢字は、中国から伝えられたものですが、漢字辞典で調べましても、「倭人」という熟語はありますが、「倭」と他の漢字を組合わせた熟語はあまりありません。
と言うことは、「倭」は、日本の為に、中国で作られた漢字だと思います。
 勿論、中国の人が作ったのですが、日本人を表す為に作ったと思います。しかし、その後、中国では使われなかったのではないでしょうか。

 「倭」の漢字は、「イ」+「禾」+「女」を表します。
 「イ」---人を表す。
 「禾」---あわ。いね。 禾本カホン科の植物、または穀物の総称。 このときは、稲でしょうか。
 「女」----おんな。
 
 委----細かくくわしい。「委曲・委細・委悉 (いしつ) 」
 稲を刈る女性が、腰を曲げてする様を表すのでしょうか。

 この漢字は、上記のように考えますと、日本人を蔑視して名付けた漢字ではないかと推理しています。

「倭」という漢字で、思いつくのは、「倭文」は、「しどり」と読みます。織物です。

http://www.minamiawaji.ed.jp/shitoori_jhs/fuudoki/01rekishi/01yurai/index.htm しず---賤ガ岳、静岡-----絹の生産地(古代)


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