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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(104)  別天つ神五柱(16) [日本の歴史]

 前回は、[南部町 倭]という地名があることを指摘しました。 日本は何時の頃から、日本と言う様になったかご存じですか。
 その前は、「倭」と言ってたようです。

 次の所に、由来が書いてあります。

日本の国名の由来について
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1011069035  

ここに書いてあるのは、少し、間違った所が有る様には思いますが、こんなところで良い様な気もします。
「日本」の前に、「大和」と書いて、「やまと」と読ませるようになったと書いてありますが、証拠はありません。しかし、「大和」を、「やまと」と読ませたのは、やはり、「南部町 倭」があったからだろうと推理します。

 前回、「倭」という字が、日本を蔑視して付けたという話は、中国の資料にあるらしいです。この漢字のどこが、蔑視なのかを考える為には、随分、苦労しました。

 その苦労したことを自分で、次の所に書いていましたので、見て戴ければと思います。

倭という字
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2005/01/post_11.html


話題は代わりますが、「溝口」と「倭」の間に、「御墓原」の地名があります。

このように、次々と、地名に注目していきますと、忘れてしまうので、私は、消しゴムで消し易い様に、軟らかい鉛筆で、印を付けています。大切な地名は、消えない様に、赤印を付けています。
 「倭」も「御墓原」も赤印です。

「御墓原」は、御と墓ですから、高貴な人で、埋葬されたところに付けられた名前ではないかと思われます。


タイトルの最後を「地図の拾い読み」としようと思っていたのですが、やはり、五人の神の内、「神產巢日神」が、実際に居たから、神產巢日神の知識が使われた事を説明できるのではと期待しながら、今回も、別天つ神五柱にしました。 神產巢日神はユダヤ人と考えています。



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