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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(106)  別天つ神五柱(18) [日本の歴史]

前回、「御墓原」は「会見町」と書きましたが、溝口町かも知れません。
溝口町の東側に鬼住山の地名があります。この地名がどうしてつけられたのか判りませんが、本当の鬼などは居ないのに、「鬼が住んでいた山」と名付けられたことになります。全国に、鬼が住んでいたというお話は一杯あります。

キーワードに「鬼住山」と入力しますと、次のブログがトップに表示されます。

鬼住山(きずみやま おにずみやま 標高 329.92m)
http://www.geocities.jp/biotop21/kizumi.htm   少し、始めからの文章を記しますと、次のようになります。

「日本最古の鬼伝説の山だ、と伝えられる一帯の山だ。隣にある笹苞山(さすと 511.50m )とセットの山塊だ。米子道の谷川トンネルの上にあり、日野川を挟んだ対岸のとっとり花回廊や鬼っ子ランドからもよく判る。電波塔が建っているので車道もあるようだが、出来れば歩程を見つけたいとやってきた。この上流域にも、鬼退治伝説の鬼林山(1031m)がある」

外に、一杯ありますから、いくつか読んでください。

 もう少し、スクロールしますと、ここから、見える大山の写真を見ることが出来ます。

鬼退治伝説の鬼林山(1031m)がある」と書かれていて、鬼林山も、この近くにあることが判りました。

鬼とは、この頃(古事記が書かれた712年)、中国人が住んでいたことを、どこかで、読んだと理解しています。

前回の「御墓原」一帯は、伊邪那岐神と伊邪那美神のお話でしたから、太安万侶は、天皇家と中国人との支配していた地域を書き残そうとしたのではないかと考えています。

伊邪那美神のお墓は、どこに作ったかは、古事記に書いてありますので、次回は、もう一度、この事に付いて書いてみます。

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