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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(183)   吉野ヶ里(26)  [日本の歴史]

秩父と絹の関係を知りたく思っています。

30年程前に、確か、埼玉県に住んで友達が、私が古事記の事で、絹のことを勉強していると手紙に書いたら、山の中に、大きな蚕部屋がある養蚕家があると教えてくれたので、ネットでみましたら、見ることが出来ましたが、今は見ることができません。 傾斜が急なので、住むのには、不便な所だと思ったのと、桑の木を何処に植えるのだろうと思ったことがありました。

秩父の歴史
http://www.city.chichibu.lg.jp/3983.html

上のブログで、にわか勉強をしました。

①神庭洞窟(三峰)
 随分前から、古事記を追いかけて来たことから、「神」の字のつく地名とか、人名は、ユダヤ人に関係があるのではないかと考えています。 その代表は、神武天皇(神倭伊波礼毘古命)です。広辞苑では記載されていません。日本書紀では、神日本磐余彦です。

古事記に書かれている神倭伊波礼毘古命ですと、全く漢字を読めない人は、別にして、「倭」の漢字を読むことが出来れば、「カミヤマトイワレビコ」と読むことは出来ます。
神日本磐余彦は、「カミニホンイワヨヒコ」としか読むことはできません。

このように眺めますと、昔は、神武天皇と言われていたのでしょうが、太安万侶が、神倭伊波礼毘古命と書き残したと考えるのが自然です。
 
 所が、広辞苑では、神日本磐余彦としか、記載されていないということは、太安万侶の間違いで、現在の歴史学者の意見を入れて、国語学者も賛成して、広辞苑には、神倭伊波礼毘古命を書かない様にしたことになります。
 もちろん、学校では、神倭伊波礼毘古命は教えないのでしょう。


外に、神川町、寄居町、ときがわ町、飯能市がどうして、付けられたのを知りたいです。
神の字が付いた地名だけではありません。 全部、読むことが出来ません。 このような地名を、私は難読地名と呼んでいます。 どうして、このように難読地名があるのかは、調べる必要があります。 
、ときがわ町は、ひらがなの町名にしました。 古くは、漢字だったのですが、地元の人でも、読めない人多いので、ひらがなに変えられのではないかと考えています。

②「秩父地方が東国にあっていち早く国造が任命されたことになる」
山が多い所にあって、国造が派遣された理由は、絹しかないなと思いました。

③「式内社として秩父神社、椋神社」
この事は、詳しく調べたく思っています。田村氏が、厖大な著書の中で、この式内社のことを取上げられましたので、著書は、現在、どこにもありません。(古書店にもありません)

田村氏の著書
http://mino-sigaku.la.coocan.jp/page600.html

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