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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(206) 古事記の序文 [日本の歴史]

タイトルには、「古事記の序文」と書きましたが、古事記では、「古事記上卷 幷序」と書いてあります。

原文
於是天皇詔之「朕聞、諸家之所賷帝紀及本辭、既違正實、多加虛僞。當今之時不改其失、未經幾年其旨欲滅。斯乃、邦家之經緯、王化之鴻基焉。故惟、撰錄帝紀、討覈舊辭、削僞定實、欲流後葉。」

翻訳---倉野憲司校注「古 事 記」より
 ここに天皇詔りたまひしく、「朕聞きたまへらく、『諸家の賷る帝紀及び本辞、既に正実に違ひ、多くの虚偽を加ふ。』といへり。今の時に當たりて、其の失を改めずは、未だ幾年
も経ずしてその旨滅びなむとす。これすなはち、邦家の經緯、王化の鴻基なり。故これ、
帝紀を撰錄し、舊辭を討覈して、僞りを削り實(まこと)を定めて、欲後葉(のちのよ)に流(つた)へむと欲(おも)ふ。」

間違いは、正しておかないと、「未だ幾年も経ずしてその旨滅びなむとす」=自分達、天皇家は滅びてしまうだろ

こんな凄いことが書いてあるのに、誰もここを読まないで、古事記の本文の小さな部分ばかり見ている様に思います。

太安万侶は、古事記を書くにあたって、古事記のこの部分が、ケシカランと言われない様に、最深の注意を払って、天皇家の歴史を書いたと推理しています。

しつこい様ですが、一番大切な部分を記します。

「朕聞きたまへらく、『諸家の賷る帝紀及び本辞、既に正実に違ひ、多くの虚偽を加ふ。』

天皇は、つぎのように
聞きました
『諸家の賷る帝紀及び本辞、既に正実に違ひ、多くの虚偽を加ふ』と書いてあります。

帝紀及び本辞はどのようなものか判りませんが、天皇家で代々、伝えられているものでしょう。その様なものを、どうして、諸家も帝紀及び本辞を持っているのでしょう。

それだけではなくて、
其の内容が、正しく無いどころか、多くの虚偽が書きくわえられている。

ということを朕は人づてに聞きましたと書いてあります。

 「朕聞きたまへらく」とは、天皇が、幽閉されている状態であると、田村誠一氏は、著書に書いて居られます。

このようなことを書いていいのかと思われますが、田村氏は、著書に於いて、天武天皇がどのような人であるかを詳しく書いて居られます。

私が調べた所では、兄の天智天皇と弟の天武天皇は、発病されてから、4ヶ月で亡くなられています。

 この時代は、白村江の戦いや、壬申の乱などがあり、大変な時代だったと思われますが、そのようなことも、織り込んで、正しい天皇家の歴史を書こうとされたと推察します。太安万侶にとっては、苦心の多かった古事記だったと思っています。

、「古事記上卷 幷序」は、天皇に対して、太安万侶が、上奏文の形として書いたものだと思います。

その上奏文は、偽物だと言う人が、明治以降になって現れました。
何故、偽物かと云いますと、人によって、違いますが、有る人は、文章の書き方が、本文と全く違うから、後の世になって、書き加えられたのは間違いない。 有る人は、最後に書いてあるサインの肩書は、このようには書かれなかった。 この指摘は、相当、重要視されたらしく、 古事記は、太安万侶が書いたものでないと断定する人が増えて、古事記は、偽書の説は、強くなったようです。
 しかし、その後、奈良で、太安万侶のお墓が見つかりました。

 その中に書いてあった墓誌の最後に、太安万侶の肩書が書いてあり、、「古事記上卷 幷序」に書いてあったものと同じでしたから、偽書説は、無くなったようです。






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