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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(208)  ヒルゼン高原 [日本の歴史]

ヒルゼン高原に行かれたことはおありですか。

ひるぜん高原へいこう ~岡山県・蒜山観光協会ホームページ~
http://www.hiruzen.info/

ヒルゼン高原は、 漢字で書くと蒜山高原であることが解かります。 しかし、この名前は、いつ付けられたのかは、調べていませんが、新しいと思います。

このように、観光で売り出されているのに、どうして、誰も読むことが出来ない 「蒜」を使っておられるのでしょう。

「蒜」の漢字の意味は、ネギ・ニンニク・ノビルなどの総称です。古い言葉です。ひるぜん高原には、昔から、蒜がいっぱいあったかどうかは調べていません。

紹介しました観光協会のホームページには、「ひるぜん高原」でなにをする? がありますが、
≪日本の古代史・発祥地≫を付け加えたいと思います。

と言っても、現地に行かれて、土地の方に、質問されても、全くご存じないと思います。

出来れば、予定されている日数に、もう一泊多くして、 写真の真ん中の山の五合目まで登って下さい。
 
外に、一杯楽しむ所がありますが、
歴史や神社を知りたい方は、

ヒルゼンへ行こう
http://cms.top-page.jp/p/maniwa/hiruzen/4/7/ 


ここに書いてある神社の祭神を確かめてください。
 この人達は、どこからやって来たか、判りませんが、隠岐の神社に祭られている神さんと同じだと思います。
 
ということは、隠岐に住んでいた人は、ヒルゼン高原にやって来たと考えても悪く有りません。
 神社は、沢山ありますが、全部行きませんと、このような発想は理解では来ません。

出来れば、春に、木々に雪が残っていて、雪が、バサー と落ちる頃に、電話を下さいとホテルの方に、頼まれたら良いと思います。

 古事記の初めに、次のように書いてあります。
「次に国稚く、浮かべる脂の如く水母(クラゲ)なす漂へる時に、葦牙のごとく萌えあがる時に、成りませる神の名は・・・」

 これは、勿論、太安万侶が書いたのですが、ヒルゼン高原に行った稗田阿礼が、その様子に感激して、太安万侶にお喋りしたのだと思います。

 では、これがお分かりになられた方は、その時に、もう一度、ひるぜん高原を訪れてください。
 この時は、中蒜山には、雪が残っていると思います。
ここの五合目に、御所がありました。


日本大好きNo119 隠岐島の渡来人は、ヒルゼン高原に移動 http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2007-07-08

日本大好きNo120 高天原はヒルゼン高原だった
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2007-07-09


※ヒルゼン高原は、地元の方は、現在、ひるぜん高原とひらがなを使っておられますが、
私の記事では、古くから呼ばれていたであろう蒜山(蛭山)高原の時代から呼ばれていたというか、太安万侶が、頭に描いていた頃からの歴史的な意味合いで、カタカナの「ヒルゼン高原」にしました。

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