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No716神武東征(165)  神武天皇(108) 奥津鏡・辺津鏡(4) [日本大好き]

大国主神(大穴牟遅神)が、兄弟の八十神に苛められた話題を二題紹介しました。
二題とも、大国主神は、死んでしまいました。その時に、活躍したのは、お母さんの刺国若比売命です。刺国とはどこの国でしょう。お母さんは、神産巣日神なら、助ける方法を知っていると思ったのです。どうして、そう思ったのでしょう。
 神産巣日神は、自分は、よう治さないが、蚶貝比売と蛤貝比売の二人なら治すことが出来ることを知っていたのです。
 真赤に燃えた石を受け止めたために、死んだと思っていたが、大火傷だったから、塗り薬を練ったために一命を取り留めたのかもしれません。

 後者は、八十神達は、また大国主神を騙して山へ連れ込み、大木を切り倒して楔を打ち木を裂くと、その間に大国主神を入らせるなり楔を抜き、大国主神を殺してしまいました。
 今度は、おかあさんが助けました。はさまれた木から救出したとは書いてありますが、どうして、生き返らせたかは書いてありません。
 お母さんも治療方法をある程度知っていたことが分かります。

 どうして、兄弟の八十神は、二度も死ぬほどのことをしたのでしょう。

お母さんは、木の国の大屋毘古神に保護して貰うように、頼みました。お母さんが大屋毘古神を知っていたのか、大国主神が大屋毘古神を知っていたのか分りません。
 木の国とは、翻訳者である倉野憲司氏は、紀州の事だと書いておられます。しかし、そのようなことは、古事記のどこにも書かれていません。
 ところが兄弟神達が木の国まで追いかけてきて、弓をかまえて大国主神を引き渡すよう求めてきたので、素戔嗚尊のいる根国に行くよう言って、お母さんは、木の股をくぐって逃がした。「木の股をくぐって」と云う意味が良く判りませんが、お母さんの云いつけ通りに、大国主神は、須佐之男命(素戔嗚尊)の所へいきましたところ、その娘が出てきて
目を合わせた途端に、お互いに心が通じました。そこで、娘の須勢理毘売が父の所に大国主神を連れて行き、「甚麗しき神がきました」と紹介しました。すると、須佐之男命は、「こは葦原色許男と謂うぞ」といって、既に知っていて、直ぐに部屋に呼び入れて寝かせました。しかし、その部屋は蛇がいました。
 八十神の苛めから逃れられた大国主神は、今度は、須佐之男命から苛められることになります。
葦原色許男と云う名前は、 No714神武東征(163)  神武天皇(106) 奥津鏡・辺津鏡(2)
で紹介しました。この神の名前は、兵庫県三木市の御坂神社で祀られていました。
 木の国の大屋毘古神とかかれた「木の国」は、此れらのことから、紀の国ではなく、三木の国(御木の国)だったのではないでしょうか。
 このように考えますと、木の国のことは、おかあさんも大国主神も知っていたことになります。
 では、どうして、須佐之男命は大国主神が三木市にいて、葦原色許男と呼ばれていた事を知っていたかという新しい謎が生まれてきます。

理解困難の所がありますが、古事記をかいた太安万侶は、ただ作り話を書いただけとは考えられません。なにか、謂い伝えたかった事があった筈です。

又もや、奥津鏡・辺津鏡の話は、出てきませんでしたが、しばらく、古事記に書いてあることを紹介していきたく思います。