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No718神武東征(167)  神武天皇(110) 奥津鏡・辺津鏡(6) [日本大好き]

前回、「比礼」を振ることに拠って、願い事がかなう話は、奈良県の石上神宮に伝えられています。
と書きましたが、
No712神武東征(161)  神武天皇(104)  石上神宮のこと(5)
に書いたのを忘れていました。
 こちらの神社に伝わっているのは、十種の神宝です。
沖津鏡(おきつかがみ)
辺津鏡(へつかがみ)
八握剣(やつかのつるぎ)
生玉(いくたま)
死返玉(まかるかへしのたま)
足玉(たるたま)
道返玉(ちかへしのたま)
蛇比礼(おろちのひれ)
蜂比礼(はちのひれ)
品物之比礼(くさぐさのもののひれ)

古事記では、蛇の領布で助かった後日、呉公(むかで)と蜂がいる部屋に閉じ込められたことが書かれています。
此の時も、須勢理毘売は大国主神に、呉公蜂の領布を渡し、蛇の領布のときと同様な使い方をするように云いました。

古事記に書かれています、蛇の領布と呉公蜂の領布は、呉公の部分は、異なりますが、一致します。
古事記のこの部分は、スサノオの苛めになります。スサノオは、高句麗の人だと思うのですが、スサノオの娘の須勢理毘売が知っていましたので、高句麗に伝わる伝承だと思われます。
 出石神社の方は、新羅から伝わったものと思えます。石上神宮は、天照大神の孫のニギハヤヒが祭られていますから、中国からの伝承でしょうか。

 アメノヒボコであれ、ニギハヤヒであれ、自分たちは、先祖から由緒正しい言い伝えをもっているものだとの証として、宝物をもっていたことを主張していることになります。
 
それは、沖津鏡、辺津鏡であり、剣となります。其の他は、病気になったり、死んだ時に生き返る為の道具になります。
 そのような道具はあるわけがありませんが、昔なりに医学は存在したのでしょう。その時に、治療をした後には、その道具を用いて祈るしかなかったのではないかと想像します。
 現在でも同じことですが、祈ったり、治ろうと思う気持ちは病気をいい方向に導きます。現在の医学で、処理が困難になっているものがあります。例えば、胃、肝臓腎臓心臓が悪いとしますと、死んだ人から臓器を取り出して、同時に、臓器移植するような技術が完成しています。所が、いろいろの事が原因でなるうつ病の様な病気は、患者は増える一方で、治療が困難です。
 人間が、最後に直面するもろもろの事は、精神面を解決することによってしか解決できないのではないでしょうか。
 紀元前の指導者も、精神面をコントロール出来る人が、指導者だったのではないでしょうか。
 だから、そのような人は、巫女なのだ。代表者は卑弥呼が挙げられますが、そうではなく、蛇、ムカデ、蜂などを自由にあやつることのできる人が、尊敬されたのだと思います。

 全く、話は変りますが、先日、「アバター」というアメリカの映画を見てきました。
3次元立体の映像と音響には驚かされました。これを見ていますと、どの国も、映画はアメリカに勝ち目が有りません。

ストーリーは、全くの架空の話ですが、精神面で完成された世界と、技術と物質面で最高の世界との戦いを描くことによって、アメリカの社会に警鐘を与える映画になっています。
 何でもかんでも、一番にならないと気が済まないアメリカの社会に反省を求めています。
 この映画は、世界で大ヒットしているそうです。お隣の中国でもヒットしていたそうですが、中国は、この映画の上映を禁止したそうです。
 現在の中国は、アメリカの文化をめざして、大進撃です。日本を抜いて、世界で二番目になりました。 まだまだ、世界に向けて発展している中国を批判しているようで、まずいと上映を禁止になったと勝手に判断しています。(面白いです。お奨めです)

変な話が、飛び込みましたが、籠神社、出石神社、石上神宮に祭られている人たちは、天皇家の人達と競争しながら、生活をしていましたが、自分たちが一番である証拠が、蛇の領布と呉公蜂の領布であり、沖津鏡、辺津鏡となったのではないかと推理しています。

所が、タイトルには、早々と 奥津鏡・辺津鏡は現れません。

次回も、古事記の続きを書こうと思います。