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No723神武東征(172)  神武天皇(115) 奥津鏡・辺津鏡(11) [日本大好き]

あまり詳しく見ていますと、切りがありませんが、前回、中西氏は、〔生大刀と生弓矢と、またその天の詔琴〕を三種神器だと書いておられますと紹介しました。
 そして、私は違う様な気がすると、それならお前はといわれても返事のしようがありません。

 丸山林平 【定本古事記】<< 大国主神の危難(三) >>
http://www.umoregi.com/koten/kojiki/story.html?v=1&n=39
を見つけました。この方も、どうやら、プロ中のプロらしいです。ここに、原文、読み下し文、解説が書いてあります。

いくら素晴らしい専門家の解説であっても、参考にするだけにして、古事記は、ご自分で解読を挑戦してください。分らない所は、飛ばしておけばいいだけのことですから。

丸山林平氏は 解説の所で、天の詔琴のことを次の様に説明して居られます。
「〔天沼琴〕あめのぬごと。延本・底本等は「詔」に作るが、真本等は「治」に作る。いずれも「沼」の誤写であること明らかである。よって、意をもって改める。底本も欄外に「天沼琴」としるしている「天沼矛」と同趣の語で、「あめの」は美称。「ぬ」は「瓊」とひとしく「玉」の意の美称。りっぱな琴。記伝の「詔言所と云ふことなり。」などは苦しい限り」

天の詔琴に書かれてある〔詔〕は、〔沼〕の間違いであると書いておられます。
書くだけではなく、〔「沼」の誤写であること明らかである〕と書いてあります。どうして、明らかなのか、理解できません。
 中西氏は、天の詔琴だから、三種神器だと書いておられます。岩波文庫の『古事記』の編纂者である倉野憲司氏は、〔天の詔琴あめののりごと〕とそのまま、記し、原文の方も、〔天の詔琴〕を収録されています。意味が分りにくいであろうと云うことで、欄外に説明文を添付してあります。
 〔託宣に用いる琴。スサノオ命の宗教的支配力を象徴しています〕
この説明で理解できますか。
失礼かも知れませんが、わたしにとっては、一層解らなくなります。わからない言葉が増えました。
①〔託宣〕が分りません。解ったとします。そのようなときに、琴を弾くのでしょうか。大国主神は、妻の須勢理毘売を背負っていますから、妻が生大刀と生弓矢と、またその天の詔琴を持っていたことになるのでしょうか。
②スサノオ命の宗教的支配力を象徴していますとは、スサノオは、宗教家だったのでしょうか。宗教家出なくても、宗教らしきことは、どこかに書いてあるのでしょうか。
③〔象徴〕とはどういう意味でしょうか。
古事記の原文を読む時に、この部分を変えませんと、どうしても前に進めないのであれば、仕方がないと思われますが、丸山林平氏のように誤写と決めつけるのは、ずっと、後にすることだと思います。
 
倉野憲司氏は、古事記の訳本を書くに当って、厖大な本を参考にして居られます。巻末に全て書いてありますが、丸山林平氏の【定本古事記】は掲載されていません。

中西氏が書いておられる文章に、〔宗教的支配力〕という言葉がありますので、抜粋しておきます。
『天つ神の世界』古事記を読む 1 中西進著(角川書店) 251ページ 
以上が、根の国の話である。くり返していえば、まず第一に、大穴牟遅の人間像の印章は、平和的で非行動的である。これは先にも述べたように、国土支配の髪としての性格を与えられた結果であろうし、その国土支配の力によるものではなく、宗教的な支配だというげんていもくわえられてに違いない。この点で、前段の話の巫医としての性格の流れを受けている。第二に印象されるのは、〔死〕である。大国主の話が稲羽の素莵の話からはじめられているところからして、一見この話も牧歌的あるいは民話的な話として受けとめられやすいが、これは結果的には死をめぐるきわめて思想的な話になっている。

 如何ですか?
これは面白いと思われた方は、中西進著『古事記をよむ』全4冊 角川書店 をお奨めします。 但し、買われるのは、最初の『天つ神の世界』だけを買われてから、順次買われて読まれたらいいと思います。