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No727神武東征(176)  神武天皇(119) 奥津鏡・辺津鏡(15) [日本大好き]

このタイトルは奥津鏡・辺津鏡ではなく、「天の詔琴」にしようかと思いましたが、このままにしておきます。
No724神武東征(173)  神武天皇(116) 奥津鏡・辺津鏡(12)において、「天の詔琴」のことを、歴史家の丸山林平氏と中西進氏が、つぎのように捉えておられますと、奥津鏡・辺津鏡が、ボヤけてきますので、こだわっています。
 丸山林平氏----天の詔琴に書かれてある〔詔〕は、〔沼〕の間違いである。「天沼矛」と同趣の語で、「あめの」は美称。「ぬ」は「瓊」とひとしく「玉」の意の美称。りっぱな琴。

 中西進氏------天の詔琴だから、三種神器の一つである。

天の詔琴がりっぱな事だとか、三種神器の一つであるとなりますと、古事記に書いてあることは、無視した解釈になります。古事記にせよ、日本書紀にせよ、この辺りに書かれてあることは、殆どの方は、神話だと考えて居られるのではないでしょうか。古事記よりは、日本書紀の方がは正しいと思っておられる方が多いでしょう。
 それでも、世の中が、ひっくり返るわけでもないですから、どうでもいいのかもしれません。
 私は、古事記に書いてあることは、正しいと考えています。

 又、脱線しましたので、修正です。
〔天〕の字がつく文章は、古事記では少し飛んで、次の部分になります。

於是天神諸命以。詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神。修理固成是多陀用幣流之國。賜天沼矛而。言依賜也。故二柱神立【訓立云多多志】天浮橋而。指下其沼矛以畫者。鹽許袁呂許袁呂迩【此七字以音】畫鳴【訓鳴云那志】而。引上時。自其矛末垂落之鹽。累積成嶋。是淤能呂嶋【自淤以下四字以音】

倉野憲司氏・岩波文庫出版翻訳本・『古事記』に拠りますと、
ここに天つ神諸の命もちて、伊邪那岐命、伊邪那美命、二柱の神に「この漂へる國を修め理り固せ成せ。」と詔りて、天の沼矛を賜ひて、言依さしたまひき。故、二柱の神、天の浮橋に立たして、その沼矛を指し下ろして畫きたまへぱ、塩こをろこをろに畫き鳴らして引き上げたまふ時、その矛の末より垂り落つる塩、累なり積もりて島と成りき。これ淤能碁呂島なり。
 
〔天〕の付く単語は、天の浮橋と天の沼矛の二つです。
訳はあくまで、直訳です。訳した人の考えを入れてはいけないのですが、読む時は、書いた人がなにを言いたかったかを読み取らなければいけないと思います。
天つ神諸の命が、「天の沼矛」を渡して、二柱の神を天の浮橋に立たして、「この漂へる國を修め理り固せ成せ。」と言ったとあります。

二柱の神は、命令されるに足る能力があったと考えるのが普通です。

そこで、二柱の神は、沼矛を指し下ろして畫きたまへぱ、塩こをろこをろに畫き鳴らして引き上げたまふ時、その矛の末より塩が垂り落ちた。その塩が積もりて積もって島が出来上がった。島の名前は、淤能碁呂島です。
以上が書いてあることです。本当に命令されたかどうかは判りませんが、伊邪那岐命・伊邪那美命二柱神が、淤能碁呂島を作ったと書かれています。

それにしても、天の浮橋とは、なんのことか理解できません。日本書紀を書いた人は、古事記を参考にして書いたと思われます。
日本書紀では、どのように書いてあるかと云いますと、
〔伊弉諾尊・伊弉冉尊が、天の浮橋の上に立たれて、相談していわれるのに、「この底の一番下に国がないはずはない」とおっしゃって、玉で飾った矛を指し下して、下の方をさぐられた。そこに青海原が見つかり、その矛の先からしたたった海水が、凝り固まって一つの島になった・・・〕
これは、日本書紀の本文です。
ここに、「玉で飾った矛」と書いてありますから、丸山林平氏は「〔詔〕は、〔沼〕の間違いである。「天沼矛」と同趣の語で、「あめの」は美称。「ぬ」は「瓊」とひとしく「玉」の意の美称。」と説明されたのだと思います。
所が、日本書紀には、本文の外に、「一書」と記して、外の書物に拠れば、このようにもかいてありますと、文章が書いてあります。
この部分は、第十書までありますから、他の資料はどのように書いてあるか確認してください。
「第一書」には、天の詔琴ではなしに、天瓊矛と書いてあります。「第三書」も天瓊矛です。「第三書」には、「玉飾りの矛」と書いてあります。
 ついでに、古事記に書かれている島の名前は、「淤能碁呂島」で、日本書紀二書かれている島の名前は、「磤馭慮島」になっています。
古事記と日本書紀を比べた時に、同じ読み方をするように書いてある場合は、読むことが出来ないのは、日本書紀の方です。古事記の方は、どうにか万葉かな式に読みますとよむことは出来ます。「磤馭慮島」は、一つずつの漢字で読むことができるのは、「島」位のものです。
日本書紀を書いた人は、前回書きました「天地初發之時。於高天原成神名。天之御中主神【訓高下天云阿麻下效此】次高御産巣日神。次神産巣日神。此三柱神者。並獨神成坐而。隱身也。
次國稚如浮脂而。久羅下那洲多陀用幣琉之時【琉字以上十字以音】如葦牙因萌騰之物而。成神名。宇摩志阿斯訶備比古遲神【此神名以音】次天之常立神【訓常云登許訓立云多知】此二柱神亦獨神成坐而。隱身也。」
この部分も、意味が分らなかったと見え、「地球がどのようにして出来たか」の説明をしています前回、書きましたように、天津族の人達は、新しい自分たちの国を造るために、ヒルゼン高原に、先ず、5人の調査隊を派遣したところから始っています。
次は、ヒルゼン高原に決め、建設隊の7組の者を派遣しました。はじめの二人は独身です。独身者ばかりでは、人間は増えませんから、後の5組は男女のペアです。
そして、最後に到着した伊邪那岐命と伊邪那美命に、国を造るように命じました。


少なくとも、日本書紀を作った人達は、古事記に書いてあることの意味が良く分らないので、本文に書いてある様に書きました。古事記の完成は712年。日本書紀の完成が、720年。 日本書紀を造る時には、古事記があった筈ですが、他の10冊の書物には、古事記に似たものはありません。
古事記と日本書紀がだぶって書かれて有る所では、他の資料は必ず、沢山書かれています。全部読んでいますと、頭が混乱します。日本書紀の作者は、混乱させるためにそのようにしたと理解しています。
と云うことは、古事記に書いてあることは、信用出来ない様に思わ沿うとしたと推察しています。
日本書紀を書いた人達も、古事記を書いた太安万侶に騙されたことになりますが、現在の歴史家は、今度は、日本書紀に騙されたことになります。騙されたのは、現代の歴史家に迦切りません。江戸時代の歴史家も、明治・大正の歴史家も全員騙されていたことになります。騙された年月は、1300年にわたることになります。