So-net無料ブログ作成
検索選択

No739神武東征(188)  神武天皇(131) 日本書紀と古事記(6) [日本大好き]

高天原に最初にやって来た三人(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)は、日本書紀には書かれていませんと書きましたが、正確に云いますと、日本書紀の本文には書いてありません。
又一書(第四)には書いてあります。ここに書いてあることも、本文も一緒にして居られる方が、殆どですが、本文と他の一書は別のものです。
 
 別のものであると云うことは、はじめの部分だけ眺めても気が付きません。これから、日本書紀の他の書をすべて、検討していきますと、自然と分かって頂けると思っています。
 私がどのように眺めたかを読んで頂ければと思います。
 そのためには、もう一度、この部分の原文と読み下し文を見て頂く必要があります。

日本書紀の原文は 
古天地未剖。陰陽不分。渾沌如鶏子。溟?而含牙。及其清陽者薄靡而爲天。重濁者淹滯而爲地。精妙之合搏易。重濁之凝場難。故天先成而地後定。然後神聖生其中焉。故曰。開闢之初。
洲壞浮漂。譬猶游魚之浮水上也。于時天地之中生一物。状如葦牙。便化爲神。號國常立尊。〈至貴曰尊。自餘曰命。並訓美擧等也。下皆倣此。〉
次國狹槌尊。次豐斟渟尊。凡三神矣。乾道獨化。所以成此純男。

一書 〔第一・一書〕一書曰。
天地初判。一物在於虚中。状貌難言。其中自有化生之神。號
國常立尊。亦曰國底立尊。次國狹槌尊。亦曰國狹立尊。次豐國主尊。亦曰豐組野尊。亦曰豐
香節野尊。亦曰浮經野豐買尊。亦曰豐國野尊。亦曰豐囓野尊。亦曰葉木國野尊。亦曰見野尊。』
葉木國。此云播擧矩爾。

一書〔第二・一書〕 一書曰。
古國稚地稚之時。譬猶浮膏而漂蕩。于時國中生物。状如葦牙
之抽出也。因此有化生之神。號可美葦牙彦舅尊。次國常立尊。次國狹槌尊。』可美。此云于
麻時。彦舅。此云比古尼。

一書 〔第三・一書〕 一書曰。
天地混成之時。始有神人焉。號可美葦牙彦舅尊。次國底立尊。

一書 〔第四・一書〕 一書曰。
天地初判。始有倶生之神。號國常立尊。次國狹槌尊。又曰。高天原所生神名。曰天御中主尊。次高皇産靈尊。次神皇産靈尊。』皇産靈。此云美武須毘。

一書 〔第五・一書〕 一書曰。
天地未生之時。譬猶海上浮雪無所根係。其中生一物。如葦牙之初生泥中也。便化爲人。號國常立尊。

一書 〔第六・一書〕 一書曰。
天地初判。有物若葦牙。生於空中。因此化神號天常立尊。次可美葦牙彦舅尊。又有物若浮膏 生於空中。因此化神號國常立尊。

 
先ず、一書 〔第四・一書〕 一書曰。の部分だけを先に検討します。
天地初判。始有倶生之神。號國常立尊。次國狹槌尊。又曰。高天原所生神名。曰天御中主尊。次高皇産靈尊。次神皇産靈尊。』皇産靈。此云美武須毘。

翻訳文(講談社発行・日本書紀・宇治谷孟氏)
 また一書(第4)ではこういっている。天地がはじめて分れるときに、始めて一緒に生れ出た神があった。国常立尊(くにとこたちのみこと)という。次に国狭槌尊(くにのさつちのみこと)。また高天原においでになる神の名を天御中主尊という。次に高皇産靈尊。次に神皇産靈尊。皇産靈---此れを美武須毘(ミムスヒ)という。

 日本書紀では、天之御中主神ではなく、天御中主尊となっています。外は全て違いますから、日本書紀(720年完成)が編纂された時には、古事記(712年完成)が出来上がっていましたから、古事記と同じ、神の名前書かれていても、不思議ではありませんが、6書有るうちに、古事記と同じ資料はありません。
 敢えて、似ている物を探しますと、第四書になります。
 日本書紀は、天御中主尊、高皇産靈尊、神皇産靈尊です。
 古事記では、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神です。
 似てはいますが、全く違います。大いに異なる点は、日本書紀では、〔皇産靈〕を美武須毘(ミムスヒ)と読むと断ってあります。
神皇産靈尊と神産巣日神を並べてみますと、〔皇産靈〕と〔産巣日〕は、一致しそうですから、〔産巣日〕も〔ミムスヒ〕と読むように、古事記を読む時には、古事記の翻訳者も、神産巣日神には〔かみむすひのかみ〕と読み仮名をつけておられます。
 
と云うことは、どういうことなのでしょう。〔皇産靈〕も〔産巣日〕も、〔みむすひ〕とも〔むすひ〕とも読むことが出来ないのに、記紀の翻訳者は、お互いに助け合いながら、〔皇産靈〕と〔産巣日〕は、同じものとして、取扱い、無理やりにふりがなを打っておられることになります。
 どうにか、似ていることを証拠にして、神皇産靈尊と神産巣日神は、同じ神であるとしておられます。
この文が、本文にあるのでしたら、同じものとして取り扱っても良いですが、沢山ある書物の中の一冊が似ていることを日本書紀の作者は強調したことになります。
古事記は、こんなに沢山ある書物の中の一冊だと表現したことになります。 7冊目に古事記があったが、日本書紀には、掲載しなかったことになります。

このような調子で、他の書物も検討を加えて行こうと考えています。
第4書をもう一度、書きます。
 また一書(第4)ではこういっている。天地がはじめて分れるときに、始めて一緒に生れ出た神があった。国常立尊(くにとこたちのみこと)という。次に国狭槌尊(くにのさつちのみこと)。また高天原においでになる神の名を天御中主尊という。次に高皇産靈尊。次に神皇産靈尊。皇産靈---此れを美武須毘(ミムスヒ)という。

この書物では、天と地は、はじめは、一つのものでしたが、天と地に分れたと書いてあります。と云うことは、天と地がどのようにできたのかということは書いてありませんが、その時に、同時に、生まれた神があったと書いてあります。
それが、国常立尊と国狭槌尊という神だったと。それが男の神であったとか、女の神であったとは書いてありません。
 天と地に分れましたが、その天と地のどちらにおいでになった神が、天御中主尊と高皇産靈尊と神皇産靈尊であると書かれています。
 この部分が、大切です。
国常立尊と国狭槌尊は、どうして出来たかは書いてありませんが、出来た高天原にやって来た神が、天御中主尊と高皇産靈尊と神皇産靈尊の三人だと。
 この部分は、古事記と一緒です。三人の神が生れたのではなく、どこからかやって来たのです。