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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(79) 妹伊邪那美神(10) [日本の歴史]

 妹伊邪那美神に付いて、9回も書いたのですが、脱線して、10回目になりました。

しかし、古事記の始めのほうに登場する神の内、天照大御神よりも、イザナギとイザナミの方が、太安万侶は重要視したのではないかと思っています。

 そこで、太安万侶は、「高天原」のことから書き始めました。
始めの部分では、「高原」の間に、「天」を入れて、ひるぜん高原のことを記したのですが、
「高天原」の「天」は、天つ神のことだと説明しました。ひるぜん高原であることは、何処にも書きませんでした。

その変わり、突然、 イザナギとイザナミの事を挿入しましたが、イザナミの事を「妹伊邪那美神」と記し、「妹」を付けました。 ということは、イザナギとイザナミは、兄弟だということを知らそうとしました。本当かどうか判りませんが、兄弟であれば、「ヒルコ」が産まれるのだと、「水蛭子」と記しました。

日本書紀には、〈可愛少女歟。遂爲夫婦、先生蛭兒、便載葦船而流之〉と記されて、「古事記」と違った「蛭児」と記されています。

(日本書紀が完成した721年には、古事記は、処分されて無かったと推察しています。その為に、古事記に水蛭子と書いてあることを知っていたことになります。 日本書紀を書いた人は、『古事記』を持っていて、「水」を取って、「子」を「児」に書き替えたのだと思います。 

ウィキペディアでは、
ヒルコは日る子(太陽の子)のことだと書いてあります。 これは、歴史家が書かれたのでしょうか。実際の「ヒルコ」を見られたことが無いのだと思います。見る機会のあるのは、お医者さんか産婆さんでしょう。実際に見られておれば、(太陽の子)
という発想などは、浮かびません。


「ヒルコ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%AB%E3%82%B3

所が、太安万侶は知っていたのです。どうしてだと思われますか。

しかし、太安万侶は、蛭とヒルゼンに共通する「ヒル」を書きたかったのだと思います。ということは、712年の頃には、既に、オノコロ島がある一帯は「ひるぜん」と呼ばれていたのだと思います。

 オノコロ島は、イザナギとイザナミが住んでいた御所と思われます。
オノコロ島を漢字で書いてください。