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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(83) 妹伊邪那美神(14) [日本の歴史]

 前回は、ユダヤ人がインドを経由して、ローマ等に、絹を運んでいた証拠が書かれてあると思われましたか。
 残念ながら、そのようなことを書いたものは、残っていません。

間接的に、分かっていることを繋ぎ合せて、歴史を浮かび上がらせれば、正しい歴史が判る筈です。
 次のブログは、田村誠一氏の著書をそのまま、掲載したものです。

古事記が解いた古代史  シルクロード(1)
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2013/09/1-2825.html

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 シルクロードという言葉は、良く使われますが、そのような名前がついた道があったわけではありません。紀元前から、絹は中国からヨーロッパに運ばれていましたが、そうした道の総称です。
19世紀にドイツの地理学者リヒトホーフェンが、その著書『China(支那)』において、使われたことになっています。
 このように定義しますと、出発点は、中国ではなくて、日本だと言えます。

太安万侶が、書き残した「妹伊邪那美神」の話は、古事記より古いものは無く、8年遅れて完成した日本書紀には、古事記よりも詳しく書いてあります。
 古事記を参考にして日本書紀を作った人は、いろいろ調べたので、古事記より調べたので、詳しいと思われるかも知れませんが、何故か、古事記に書いてある水蛭子と違って、蛭児と書いています。

 日本書紀の資料に拠りますと、産まれた蛭児は、三年経っても、立つことが出来なかったので、葦の舟に乗せて流したと書き記しました。
 
 凄いですね。日本書紀が書いたことは本当のことで、次のような伝説と神社が現在もあります。
ネットで見つけましたので、西宮神社と 越木岩神社は、どの様にして産まれたかが判ります。
前者は 昔の人が考えられたことで、後者は、現在の方が、考えられたことになるかなと思いました。

西宮神社 由緒 御鎮座伝説
http://nishinomiya-ebisu.com/history/history01.html

久遠の生命の泉
http://tingokokka.blog.fc2.com/blog-entry-356.html