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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(84) 妹伊邪那美神(15) [日本の歴史]

 どうして、太安万侶は、古事記の流れと関係無い「水蛭子」のことを挿入したかに拘っています。
 太安万侶は、インドの哲学書に書いてあったことを、誰かから、聞いたのではないかと考えましたが、絹を運んでいた中国人か、ユダヤの人しかありません。

妹伊邪那美神(13)に、「 ひー、ふー、みー、よー」のお話を紹介して、中国大陸を通って、絹が運ばれた証拠を紹介しました。
 ユダヤ人は、北緯とか、東経という言葉は使わなかったですが、自分が現在居る位置は、知っていました。
 ユダヤ人は、シルクロードを経て、パルチイアやローマまで運んでいたことを、フランス人のパリーゼが、1865年に、『絹の道』に書いています。
 
 ここには、ヨーロッパから、インドの西海岸迄が記されています。シルクロードには、海のシルクロードまであったことが判ります。
 
 陸路を移動する時に、いくら自分のいる場所が判っていても、山や大きな川にさえぎられて、前に進むことが出来ないことが多いです。海は、船が沈没するおそれはありますが、多くの荷持を運ぶことが出来ます。そして、最短コースを移動できます。

 話題は変りますが、妹伊邪那美神(12)に書きました「ヤマとヤミーとの名の双生児—兄妹」のことは、古事記に書かれている形とピタリと合いますから、太安万侶は、インドの哲学書を目にしたことは確かでしょう。

この哲学書には、どのようなことが書いてあったかと云いますと、

参考文献 ウィキペディアより
プラーナにはパンチャ・ラクシャナ(pañcalakṣaṇa)つまり以下の五つの主題が備わっているとされる。

創造 (sarga)
宇宙の創造
再創造 (pratisarga)
宇宙の周期的な破壊と再生
系譜 (vaṃśa)
神々と聖仙の系譜
マヌの劫期 (manvantara)
人祖マヌより描かれる人類史
王朝史 (vaṃśānucarita)
日種族・月種族の家系に至る諸王朝の歴史
ただし、これらはむしろプラーナの原型・古型となった古史古伝の特徴と考えるべきで、現存のプラーナにはこうした要素は一部しか、また少ししか含まないものもある。

引用は、此処までです。

如何ですか。 「宇宙の創造」から始まっています。

古事記の方は、次の詞から始まっています。
天地初發之時、於高天原成神名、天之御中主神訓高下天、云阿麻。下效此、次高御產巢日神、次神產巢日神。此三柱神者、並獨神成坐而、隱身也。

天と地は、どろどろと、一体になっていたのが、分かれたのだと、一言で書いています。
「天地初發之時」と書きだして、天と地が、分れたことから書き始めました。

太安万侶は、このインドの哲学書を目にしたとは思われませんか。

この本は、中国にも伝えられています。この経路で、日本に入ったことは、確かでしょうが、ユダヤ人が、日本からインドまで、海のシルクロードを使っていたとしますと、こちらの経路から手に入れたと考えても良いです。
インドにも絹の歴史がありますから、日本の絹がインドに伝わったのでは、探して見ましたが、これは、インドの歴史がわかりませんと、解決に成りません。