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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(99)別天つ神五柱(11) [日本の歴史]

 伊邪那岐(いざなき)命は死んだ伊邪那美(いざなみ)命を呼びもどそうとして黄泉国へ行きますが、見ないで下さいと云われたのに、覗き見をすると、伊邪那美の身体には、いっぱいの蛆(うじ)がたかっているのを見てしまいます。その様な姿を見られた伊邪那美は、伊邪那岐を殺そうと、追い掛けますが、黄泉の比良坂で、やっと、追手を追い払います。

黄泉の比良坂
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E6%B3%89%E6%AF%94%E8%89%AF%E5%9D%82
イザナミの穢い姿を見たイザナギは、禊をされることになります。
何処で禊をされたかと言いますと、
古事記では、「橘の小門の阿波岐原(たちばなのおどのあはきはら)」となっていますが、
宮崎県の日向とされています。

第6章 黄泉返りと禊ぎ(よみがえりとみそぎ)」
http://www15.plala.or.jp/kojiki/izanagi_izanami_06.html

次のブログは、私の書いたものですが、禊の場所は、鳥取県としています。

イザナギは何処で禊をしたか
http://o-mino.la.coocan.jp/page256.html

こんなに、場所が離れているとしますと、どちらかが間違っていることになります。
私はただ、古事記が好きだという老人です。宮崎県の日向の方は、プロの歴史家が言われていることです。

勝ち負けは、決まっています。しかし、私は鳥取県が正しいと思っています。
 何故かと云いますと、太安万侶が書いた、「橘の小門の阿波岐原」は、稗田阿礼が、ここを実際に歩いて来た情景を語り、太安万侶が表現したとしか考えられないからです。
このような表現は、他の本に書いてある筈と本を探しても無駄だと思います。