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神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(217)白狄人(4) [日本の歴史]

 タイトルは、白狄人としましたが,中国人は、白狄族としていました。どうして族としていたかと言いますと、種族の「族」です。種族は、日本語でしょう。族は、中国語では、動物の種類をあらわすのではないかと、私は想像しています。
 そのように考えませんと、白狄族の言葉は生まれないと思います。

以上、脱線です。今日は、白狄族の前の「白」が、どうして付いているかを考えて見ようと思います。
 これは、現在の中国人に聞いても判らないと思います。とすると、当然、日本人に分かる訳がありません。

 それでも、どうして、「白」なのかを知りたいのです。

私は中国に住んでいた白狄人は、現在の日本人を構成する人の一部だと思います。
何故、一部かといいますと、中山国に住んでいた白狄人は、日本で言いますと、秋田県、二つ位の広さと言われています。 ですから、100万人というような人数では無いと思います。
 随分前に書いたと思いますが、中山国に住んでいた白狄人は、東北地方に住んでいて、高い文化を持っていた人々ではないかと思っています。と成りますと、100万人としますと、そのような人を乗せて、中国まで行く船の説明が必要になって来ます。
 人数は、判りませんが、突然、東北の人が居なくなったという話は、語られていますが、詳細は判りません。

イザナギ・イサナミを祭った神社
http://o-mino.la.coocan.jp/page154.html
イザナギはどこへ行ったか
http://mino-sigaku.la.coocan.jp/page667.html

イザナギは、日本にやって来た次の三人に、仕事を与えました。(古事記に記されています)

天照大神は高天の原を、
月読命は夜の食国を、
建速須佐之男命は、海原を  治めよと命令した

伊弉諾神がこの様に、三人のことを知っていたから、人物に応じた仕事を与えたことになります。
ということは、この四人は、少なくとも、隠岐か、ヒルゼン高原から、やって来たことになります。すくなくとも、イザナギは、古事記の初めの所に、高天原(ヒルゼン高原)で、建国を始めたと書いてあります。
イザナギは、先ず、中蒜山の五合目に、御所を造りました。

御所の後に遺蹟は有りません。ここには、日留神社
が祭られているだけです。

日留神社
http://mino-sigaku.la.coocan.jp/page473.html
次のページも参考にしてください。
日本大好きNo119 隠岐島の渡来人は、ヒルゼン高原に移動
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2007-07-08 天王、唐王、白王、竜王、山王、蔵王   59  -91-
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2015-12-22 イザナギとイザナミは、中山国から、日本にやって来たと思われ、その後、「白王」と呼ばれたと思われますから、「白王」は、中国に居た時の「白狄族」の白ではないかと考えますが、この白は、中国人が、下等に見下してつけた名前ですから、白王は使いたく無かった様に考えますと、思いますから、「白狄族」の白ではないように考えます。

「白狄族」に対して、中国では、「赤狄族」の名前があったように思われますから、このように考えますと、「白狄族」の白は、悪い意味では無かったのかもしれません。

白王の白は、一旦お預けにします。

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