So-net無料ブログ作成
検索選択

歴史と未来(5) 北朝鮮 [思うままに]

北朝鮮、アメリカを恐喝

国連の安全保障理事会が新たな制裁決議を採択したことを受けて、北朝鮮の大使が12日、制裁を主導したアメリカに対し、「最も大きな苦痛を味わうだろう」と威嚇した。

 スイスで開かれている軍縮会議に出席している北朝鮮の大使は12日、「違法な国連安保理決議を拒否し、最も強い言葉で非難する」と発言した上で、制裁を主導したアメリカに対し、次のように威嚇した。

 北朝鮮の大使「今後、我々の措置により、アメリカは経験したことがない最も大きな苦痛を味わうことになるだろう」

これと同じ事をアメリカが、北朝鮮に行いました。
 恐喝をしたのは、アメリカが、先です。

その時のアメリカに対して、北朝鮮は、韓国ソウルと日本の東京(米軍の駐屯地)を攻撃すると言いました。
 この二ヶ所だけで、アメリカの駐留軍は、20万人は駐屯していると、どこかに書いてありましたが、その人数は問題ではありません。
 ここを北朝鮮が核攻撃をしますと、両国の市民が、合わせて2000万人死亡するでしょうとは、日本メディアの計算です。
 安倍首相は、「断固として、許せない」と記者の前で、発言し、北朝鮮に抗議をされたようです。 電話でしょうか。文書でしょうか。
 本当に、抗議をされたのでしょうか。 どのような返事があったかの報告は有りませんでした。

アメリカは、ロシアと中国の協力を求めて、北朝鮮が、核兵器を放棄するように、一層、抗議を強めました。
 なにを持ちだしたかと言いますと、

石油の全面的な禁輸や金正恩委員長の資産凍結・渡航禁止措置を決定しました

 この事は、流石に、アメリカの独断過ぎると思われたのか、国連の制裁決議を受けることになりました。最終案では、ガソリンなど、石油精製品の輸出を年間で200万バレルに制限することが明記され、さらに、天然ガスなどの輸出禁止などとなっています。

アメリカは、ロシアと中国に、石油精製品の輸出をひかえて、協力するように、依頼しましたが、両国から協力を断られました。

どうして、断られたと思われますか。

ガソリンによる制裁は、ご記憶有りませんか。

nice!(0)  コメント(0) 

神話ではなかった古事記・古事記を読んでみます(224)古事記の神さん(2) [日本の歴史]

古事記の神さんというタイトルはおかしいですね。

今朝、投稿するつもりで起きましたら、まだ、12日の11時半でした。
13日になる迄、神さんの事でも、書こうと思って、書いていましたら、次回に投稿するつもりだった原稿が、おかしなことに、間に入って、送信されました。
読み返してみますと、私の癌のお話はどうでも良かったのに、書いていましたら、前後の関係が判らなくなってしまいました。
 これから、又、病院に出掛けます。

済みませんでした。(長すぎました)

ところで、肝心の「神さん」と「古事記に書かれている神」とは、関係ないことをご理解いただけたでしょうか。

もう一つ、失礼なことを書きました。
「さて、ご本人である 現在の天皇陛下は、天皇家の歴史が、古事記に書いてあることをご存じでしょうか」
 きっと、古事記は読まれたと思いますが、天皇家の歴史が書いてあるとは思われなかったのではと思います。

太安万侶は、白兎の話等も織り込んで、天皇家の歴史とは見破られないように書いたとは、どなたも思われないと思います。

 なぜ、この様に複雑なことを考えるかと言いますと、古事記の編纂は、天武天皇が、このままでは、「その失をあらためずは、未だ幾年をも経ずしてその旨滅びなむとす。これすなはち、・・・・・」と序文に記しました。
 ここに書いてある通り、天智天皇と天武天皇は、身体の具合が悪くなってから、4ヶ月目に、亡くなられています。 本当か確かめてください。 同じ4ヶ月でなくなることは、普通は有りません。  毒殺されたのではと推理しています。


さて、「古事記の神さん」の続きです。

もう一度、古事記に書かれている神の名前を書きます。

古事記に登場する神は、次のように、一杯あります。
天之御中主神 高御産巣日神  神産巣日神  宇摩志阿斯訶備比古遅神 天之常立神 国之常立神
豊雲野神  宇比地邇神  智邇神  角杙神  活杙神  斗能地神  大斗乃弁神  
於母陀流神など。

倉野憲司氏の翻訳本には、次の様に神の説明がしてあります。

①天之御中主神
 高天原の中心の主宰神。----ですから、その後、どのようなことをされた神でしょう。

②高御産巣日神  神産巣日神
  この二神は、生成力の神の神格化。------神格化とは、どういう意味でしょうか。

③宇摩志阿斯訶備比古遅神----葦の芽を神格化して成長力を現したもの。男性。
 成長力を表す神は、どうして、男性だけなのでしょう。この神は、どうして、独り神と書いてないのでしょう。

太安万侶は、天皇家のことをできるだけ、残そうとしましたが、日本書紀を八年後完成させた藤原氏は、古事記が完成した712年から、直ぐに日本書紀を書き始めたと思います。 
この日本書紀の分量では、八年で完成は大変だっただろうと推察しています。
唯、日本の歴史を書くのではなくて、古事記が見つかった時のことも考えて、文章を書いたと思います。

 その為には、いろいろの工夫をしました。
①漢字は、古事記に書いてある漢字は、殆ど、同じ様に使いました。
 例えば、古事記では、オノゴロ島は、「淤能呂島」と記し、殆どの人に読めるようにしました。
日本書紀は、オノゴロ島を磤馭慮島と書きます。 島以外の漢字は、読むことすらできません。
この例だけではありません。
日本書紀は、古事記と比べると、一字一句異なっています。人名は悉く異なっています。人物の名前も享年に至るまで、異なっています。

どうすれば、このようになるか。それは、古事記を見ながら日本書紀を書きませんと、このようなことにはなりません。
 
 だから、日本書紀は、古事記より先に作られたのだ。日本書紀を見ながら、太安万侶は、古事記を書いたという説を書いて居られる方が居られます。

 このようなお話ではなくて、古事記は、偽書というのは、確定しつつあるようです。
2017/9/13記

nice!(0)  コメント(0)