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嬉しいニュース  [思うままに]

嬉しいニュース 
 今朝、6時前に起き、いつもの通り、コンピューターを起動。洗眼を済ませますと、机の上に置いてあった田村誠一氏の『ヒルゼン古事記』のタイトルをキーワードにして、検索を行いましたら、次の記事がヒットしました。

2016-74鳥取大魔境について(雑談その1鳥取大魔境の始まり)
http://blog.livedoor.jp/gaogaoshao/archives/cat_496791.html

嬉しくなって、今、直ぐ、これを書いています。
 どのように書いてあったか、早くも忘れましたが、

① 今の歴史は、無茶苦茶である。
② 田村誠一氏の歴史は、正しい??
そして、私の名前が、少しだけ書いてありました。

田村氏と私が主張していることに、賛同されたのは、初めてでした。

『ヒルゼン古事記』は63ページの小冊子です。何度も、読み返したために、冊子は、くずれて、セロファンテープで、三度修理した跡があります。表紙は、うすい緑色で、大山隠岐国立公園と鳥取県の大きな字が記され、小さな活字で、小字地名がある、鳥取県の地図が、裏と表に、続いて拡がっています。

発行日 昭和56年建国記念日
発行所は、岡山県真壁郡川上村・・・・
 と記されています。 


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起きてきました [思うままに]

いつもより、一時間は早く、起きて原稿を書いていましたら、雨音が聞こえてきました。 

古事記への思いを破る梅雨の音 
原稿の手休めて嬉し梅雨の音

これは、俳句のつもりです。俳句は、20年ほど、続けていましたが、最近は、古事記に占領されてしまって、止めていました。 

ここ最近は、雨の音が耳に入っていませんでした。 以前でしたら、紫陽花が咲いたと言って、喜んでいたのですが、又、桜が咲いたと云っては、満開の所を追いかけていたのですが、追いかける事が減りました。

昨日は、私が四年、大学生活を過ごした帯広では、全国で一番の34度だったと報道されていました。

やはり、6月には、雨が降りませんと、夏には成りませんね。

皆さんのお宅では、雨が降っていますか。
 
これから、原稿を見直して、投稿です。

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紀元と元号(5) [思うままに]

文章が下手なくせに、長い文章を書いて済みません。
「紀元と元号」だけで、5回目になってしまいました。
西暦は素晴らしいシステムですが、キリストが生まれたときを基準にしているのが気に入らないのです。
 ここを否定しますと、世界中のキリスト信者の人を敵に回す事になるので、私の命のほうが、危うくなりますので、考え中です。

アメリカは、イギリスとフランスを引きこんで、北朝鮮と韓国と日本も道づれにして、第三次世界大戦を始めようとしています。
 どうしてもこんな掛けみたいなことを始めたのでしょう。「紀元と元号」よりも、こちらの事を書きたいきもちで一杯です。
 
 確かに、シリアのサダムという男は、ひどい男ですが、これで、第三次世界大戦の相手は、シリアとロシアと中国になってしまいました。
 それだけ、アメリカの経済状態が悪いのだと間接的に、判断しています。
一番、元気な中国を黙らそうと、貿易の方で、25パーセントの関税を掛け記事めました。中国とロシアも、受けるつもりの様です。

話は、「紀元と元号」の方になりますが、西暦は大切なのですが、キリストの生誕を認めるのであれば、私が考えている神武天皇の誕生も許されても良いと考えています。

こちらも、日本の資料では、2月11日に生まれられたことになっています。

日本の資料のメインは、古事記と日本書紀が頼りです。 古事記は、神話と言われていますが、神話では無いと思っています。それに対して、日本書紀の方は、中国人の方が書かれたものだと考えています。
 別に中国人でも、構わないのですが、中国の方が、日本より古い歴史を持っておられます。
 ただ、それだけですが、中国の歴史が正しいかどうか、確かめようとしますと、私は中国語から勉強しなくてはなりません。

私は4月2日で、78歳になりました。事も経ちは、メデテイと祝ってくれましたが、大変です。ボケが始まりました。

 この原稿を書きだした時に、「シリア」の名前が思い出せません。
仕方がないので、昨日の新聞が見当りません。

 ところが、やっと、先ほど、思い出しました。「シリア」の人は助けてあげたいですが、「森友学園」も大変です。
安倍首相は、ポカをされました。何故か、朝日新聞が、調べた政府の支持率が3と%になってました。
 もう、駄目ですね。
日本人で、助けようと、森友学園まで行った人は、私と家内位でしょう。、

家内はもう一度行きますかと昨日私に言いましたが、止めました。

このブログをどんどん戻って、貰いますと、森友学園のことを7回も書いています。

こんな私ですが、
これから、出雲の480メートルあったと言われる出雲の神殿のことから書き始めて、日本は、世界で一番優秀だった人の歴史をかくつもりになっています。

先ほど、書きました老人ボケの始まった男の云うことですから、いつまで続くか判りませんが、出雲から始まりです。 よろしくお願いします。

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紀元と元号(4) [思うままに]

紀元と元号が、必要あって作られた事はおぼろげに判って来ました。特に、西暦は、現在では、世界で利用されているようです。
 
「紀元と元号」は、知っている様で、知りませんので、勉強したつもりですが、まだ、解かっていない様です。
 
 前回書きました様に、少なくとも、古事記が書かれた712年のころは、日本では、0の概念は無かった様に思えました。

次の二つを読みますと、0の概念の発見が解かるかも? 知れません。

0の発見
数字のゼロは存在していなかった、「ゼロの概念」を発見したのはインド人
http://soukai213.com/0-discovery

0 の起源
https://ja.wikipedia.org/wiki/0#0_の起源

ただ、一年は、365日(365日寝ると元の季節になることは、知っていたのですね。
だけど、どうして、春、夏、秋、冬とめぐってくることを見つけたのでしょうね。

 このように、昔の人は、古事記を書きました。同じ頃に、日本書紀は作られました。
どうしてか、今では、古事記は、神話が書いてあると言われています。
 これでは、歴史書にはなりませんので、日本書紀が作られたのでしょうか。

 私はそのようなことでは無くて、自分達の都合のいい、日本の歴史書をつくり、『日本書紀』と名付けたのだと思います。

 このような考え方は、人気がありません。正確に言いますと、日本書紀の後には、これが、日本の歴史書だという本がいっぱい出版されました。
 そのような書籍をすべて購入するお金もありませんし、買っても、読解力がありませんので、自分の知りたい歴史の部分だけを詳しく知ろうと思いました。

 日本は、元々、日本に住んでいた人がいました。 その時代を石器時代と呼んでいます。(後の世の中の人が、命名しました)。
そして、土器を使う時代がありました。その土器は、はじめは、分厚い土器でしたが、模様に、縄の跡がありましたので、この辺りは、縄文時代とも言われています。

そして、次は弥生時代でしょうか。

随分、話題が、考えていることと、離れてしまいました。
最近は、老令の為? このようなことをどんどん忘れてしまいます。そこで、前から気になっていることは、出雲は、大和よりも、早く、外国から人がやって来ていたのではないかと考える様になりました。

 そこで、以前に持っていた本以外に、、「出雲」とタイトルが入っている本を購入してきました。
 持っていた本は
 古事記 日本書紀 各訳本
 「古事記」と「日本書紀」の謎 学生社  上田正昭外、 五名による共著
  歴史読本  完全検証『古事記』神話と神々  2006年9月号

①古代出雲  挙党の謎  祖田 浩一著  初版発行 2002年8月25日
この筆者は、自分の足で歩いて、資料を自分のものにしておられます。----面白いです。
②古代超文明の謎と驚異  太田 明著   平成5年9月20日発行
③野見宿禰と大和 出雲  池田雅雄著   2006年12月25日 発行
④出雲の古代史      門脇禎二著   1976年12月1日
⑤出雲の大神と日本建国  安達 巌著   1944年春
⑥古代の日本海諸地域   森 浩一編   昭和59年1月30日
⑦日本列島に映る 「古代出雲」紀行  保高 英児著  2008年2月10日 発行
⑧日本の古代遺跡 20 島根  前島己基著  昭和60年2月28日 発行
⑨歴史読本  謎の古代出雲王朝  7 古代出雲王権は存在したか!? 昭和60年7月10日 発行
(1985年)
 


 参考書は、読んだ記憶のないものや、殆ど、記憶のないものもありました。 三冊は読み直しました。他の著書は、平行して読んでいる最中です。

掲載されている地図の地名を一生懸命思い出しながら、読んでいます。 現在の所、 7冊とも、初めて知った様な、新しい気持ちで読んでいます。

しかし、困ったことに、出版された後で、新しく発掘された事が 多だ有りまして、訂正しなければならない部分もありますが、どの著者の方も、発行された時の資料で、判断されている為に、皆さんの日本の歴史に対する考えが異なるように思います。
 それは、当然ですね。
もし、全く同じ事を書いて居られる本を知って居れば、自分が同じような内容の出雲の歴史を書く必要がありません。

といって、私が、この七冊に書かれていることを参考にして、書きますと、新しい日本の歴史がわかるかといいますと、そうとは限らないと思います。

 長くなりましたので、続きは次回にも書こうと思っています。




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紀元と元号(3) [思うままに]

「紀元と元号」のお話は、どうも面白く無い様で、読んで頂ける方が、次第に減って、前回はとうとう、22名の方になってしまいました。

 私は面白いと思うのですが、文章の書き方が良く無いのかもしれません。

今年は平成30年です。平成30年4月15日と言います。明日は、平成30年4月16日です。と言うことは、平成30年は、まだまだ続きます。

平成30年の最初の日は、平成30年1月1日です。と言うことは、1月1日の24時間は、平成30年1月1日です。次の日は、平成30年1月2日です。

と言うことは、0月とか、0日は無いことになります。 と言うことで、「時刻」が作られています。 しかし、時刻にも、0がありません。

古事記が書かれた時は、「0」の概念は無かったのでしょうか。この様に考えますと、西暦の方には、660年と言う様に、「0」が使われています。
これは、「0」という数字が存在したから使われていることになります。

西暦0年
https://ja.wikipedia.org/wiki/0%E5%B9%B4#西暦0年
西暦(キリスト紀元)には、通常は、グレゴリオ暦においてもユリウス暦においても、0年を設けない。すなわち、紀元1年の前年は、紀元前1年であり、0年や紀元0年という年は存在しない。
しかし、ISO 8601:2004や天文学における暦(英語版)では西暦0年(注:「紀元0年」ではない)を設定している。具体的には西暦1年(元年)の前年である紀元前1年を「西暦0年」とし、紀元前2年を負数で「西暦 -1年」、紀元前3年を負数で「西暦 -2年」、……と紀元前の年を1年ずつずらして用いる(紀元前100年は「西暦 -99年」となる)。

西暦0年は、存在することは解かったのですが、読んでいますと、次第に理解出来なくなってきます。

1年は365日です。これは、期間を表します。0年と言うことは、期間が0年と言うことです。期間が無いのであれば、西暦0年は無いことになります。
すると、4行前の「西暦0年は、存在することは解かったのですが」の文章はおかしいです。

 どこが間違っているのでしょうか。

本当は、数字は、1,2,3~は、存在する数字ですが、0という数字は無いことになります。
0は、無い数量を合わす数字だと言うことになります。

リンゴが3個といいますと、大きさは関係なく、リンゴが3個あることを表します。りんごが0個ありますとは、言わないで、りんごは、有りませんと言います。

「0」という数字は、どうして、使われる様になったのでしょう。

古事記では、0は使われていませんが、数字は使われています。

天地初發之時、於二高天原一成突名、天之御中主突。【訓高下天云阿揺下效此】筱高御籥厥日突。筱突籥厥日突。此三柱突隅、
 この部分の「此三柱突隅、」の部分です。
 三人とは書かないで、神ですから、「三柱」と書いています。

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紀元と元号(2) [思うままに]

前回のお話は。ご理解いただけたでしょうか。
西暦は、どの様にして作られたかは、ウィキペディアの知識をお借りしますと、
「ローマの神学者エクシグウスが6世紀に「イエス・キリスト生誕の生誕した年を西暦1年とする」になります。
一方、私が主張します神武天皇が、歴史に登場するのは、『古事記』です。古事記が、書かれたのは、日本最古の歴史書である[1]。その序によれば、和銅5年(712年)に太安万侶が編纂し、元明天皇に献上された。

古事記はどのようなことを書いてあるか、始めの部分だけ書いてみます。
原文
天地初發之時、於二高天原一成突名、天之御中主突。【訓高下天云阿揺下效此】筱高御籥厥日突。筱突籥厥日突。此三柱突隅、竝獨突成坐而隱レ身也。筱國稚、如二浮脂一而、久羅下那洲多陀用幣琉之時、【琉字以上十字以音】如二葦牙一因二萌騰之物一而成突名、宇揺志阿斯訶備比古遲突。【此突名以音】筱天之常立突。【訓常云登許訓立云多知】此二柱突亦濁突成坐而隱レ身。
上件五柱突隅、別天突。

読み下し文
天地の初めて発けし時、高天原に成りませる神の名は、天之御中主神。【高の下の天をアマと云ふ。下、これに效ふ。】次に高御産巣日神。次に神産巣日神。此の三柱の神は、並独神成り坐して身を隠したまひき。次に国稚く、浮かべる脂の如くにして、海月如す漂へる時に、【琉の字より上の十字は、音を以ふ。】葦牙の如萌え騰る物に因りて成りませる神の名は、宇麻志阿斯訶備比古遲神。【此の神の名は、音を以ふ。】次に天之常立神。【常を訓みてトコと云ひ、立を訓みてタチと云ふ。】此の二柱の神も独神成り坐して身を隠したまひき。
上の件の五柱の神は、別天神。

「天地の初めて発けし時、」の部分の「発」には、フリガナがありません。これは、読み方が解からないから、書いてないのだと思います。

原文は、「發」と書いてあるのに、読下し文は、「発」と書いてあります。 
原文の方が、大切です。
漢和辞典で、調べる時は、 「弓、又」を含む漢字と、「はつがんむり」の意味を調べます。
 漢字の成り立ちは、旧の漢字で考えます。「弓」がありますから、「弓を発する」時に、使う言葉の内の一つだと思われます。

詳細は、次の所に書いてあります。
https://okjiten.jp/kanji526.html#a  ここには、發は、象形文字だと書いてあります。ぜひ、ご覧ください。

これ以上は、調べていませんが、どうやら、漢字は、殆ど、中国で作られた字の様です。
 意味は、「發」を含む熟語を調べますと、啓発、摘発、発展、発送、発生、開発・・・・。
 
と言うことで、文意から考えますと、「ひらく」「おこる」が良いようです。倉野憲司著の『古事記』では、「ひらけし」とカナが付けられていますが、「天と地」が分かれた時の事
ですから、「ひらく」「おこる」のl両方とも、適していません。

 と成りますと、どの様な意味で、「發」を使ったかは、古事記を書いた人に聞くしかありません。
 はじめは、なにも無かった所に、天と地が生まれたという意味ですから、「うまれた」と読めば良いのですが、天も地が無かった現象を説明するのですから、無理の様です。

このように考えてきますと、書いた太安万侶という人は、中国人だったかも知れません。


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紀元と元号 [思うままに]

急に、紀元が気になって、調べて見ました。 最近は、殆ど、西暦で表し、今年は2018年を使っていますが、西暦が始まって以来、2018年経つと言うことです。

ウィキペディアによりますと、
西暦(せいれき)とは、キリスト教でキリスト(救世主)と見なされるイエス・キリストが生まれたとされる年の翌年を元年(紀元)とした紀年法である[1
とあります。
 これは、誰でも知っていることだと思いますが、ウィキペディアでは、
「西暦元年とイエス生年のズレ」のタイトルがありましたので、読んでみますと、

ディオニュシウスの求めた紀元は、今日推定されるイエスの生年から4年ほどずれていると考えられている。現在では、イエスはヘロデ大王の治世の末期、紀元前4年頃に生まれたと考えられている。

と記されて、私が考えていたお話と少し、違っています。
私は、キリストが生まれられたのが、今から、2018年前の、12月25日だから・・・・・
と、思っていたのに、随分違うことが書いてあります。

しかし、何処を見ても、キリストが、実在の人であるとは、書いてありません。生まれた時か判っているのですから、当然実在の人ですから、西暦2018年は、正しいことになります。
 しかし、おかしいですね。この紀元は、現在は世界で使われているのですから、
疑問など持つ必要は無いのですが、2007年3月に、好きでした古事記のことを調べているうちに、一区切りのところで、纏めて見ました。

 そこで、『西暦元年一月一日は神武天皇の即位の日』というタイトルの小冊子を作りました。
 少し、宣伝をして、買って頂こうと思いましたが、一冊も売れませんでしたので、興味のある方に、貰って頂きました。
 しかし、誰一人のからも、おもしろかったとも、面白くなかったとの返事も頂きませんでした。
 内容は、素人の考えたことですので、面白く無かったのでしょうが、どう考えても、
キリストが生まれた時から、一年間を、紀元一年と決めたと言うのは、納得が出来ないのです。キリストは、何才のときから、有名になられたのでしょう。
 聖書は、キリストが言われたことが元になって書かれているらしいですが、ウィキペディアには、書かれていません。

 古事記には、初代天皇として、神武天皇の名前が書いてあります。
有る時、神武天皇が、西暦元年に生まれたとしたら、時代は、合うだろうかと考えましたら、ほぼ合うことが判りました。
 しかし、神武天皇が、西暦元年生まれでは、キリストと同じ理由で、本当らしくありません。しかし、即位をされた年は、正確には判りませんが天皇とは、呼ばれなかったが、神武天皇の先祖の人達が、やって来たところは、『高天原』だと言われています.。その場所は、岡山県のヒルゼン高原であるというストーリーが、私の『西暦元年一月一日は神武天皇の即位の日』のテーマになっています。

えらい、長いお話になってしまいました。

私の小冊子は、ここがメインではなくて、日本の昔の人達は、世界で絹の生産を最初にした人達で、絹はヨーロッパまで、輸出されていましたが、普通の歴史書では、絹はヨーロッパから、日本に伝えられたことになっています。

参考著書----絹の道 著=エルネスト・パリゼー
           訳=渡部轄二
          解説=布目順郎
 雄山閣


 素人の、絹の歴史などは、誰も見向きもされないことですが、
もう一度、見直してみようと考え始めた所です。

日本の一番古い元号は、『大化』です。西暦で言いますと、西暦645年が大化元年です。これでは、日本は、西暦に、645年も差を付けられています。

私は、645年以前に、神武天皇が、日本で、誕生したとしますと、キリストの誕生を今から、2018年前に持ってくるよりは、正しいのではないかと思えるようになりました。

また、長くなってしまいました。

何が良くないかといいますと、『古事記』は、日本では、歴史書でもありません。神話になっています。

これが、キリストの誕生話に負ける?所です。

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元号使用の歴史 [思うままに]

ウィキペディアによりますと、 次のようになります。
『日本書紀』によれば、大化の改新(645年)の時に「大化」が用いられたのが最初であるとされる。以後、7世紀中後期には断続的に元号が用いられたことが『日本書紀』には書かれている。しかし、当時使われた木簡の分析によると、元号の使用は確認されていない。まだ7世紀後半は、元号よりも干支の使用が主流だったようである。文武天皇5年(701年)に「大宝」と建元し、以降継続的に元号が用いられることとなった。

元号制定の条件として、
『昭和大礼記録(第一冊)』によると、一木喜徳郎宮内大臣は漢学者で宮内省図書寮の編修官であった吉田増蔵に「左記の五項の範囲内に於て」元号選定にあたるように命じた[4]。
• 元号は本邦はもとより言うを俟たず、支那、朝鮮、南詔、交趾(ベトナム)等の年号、その帝王、后妃、人臣の諡号、名字等及び宮殿、土地の名称等と重複せざるものなるべきこと。
• 元号は、国家の一大理想を表徴するに足るものとなるべきこと。
• 元号は、古典に出拠を有し、その字面は雅馴にして、その意義は深長なるべきこと。
• 元号は、称呼上、音階調和を要すべきこと。
• 元号は、その字面簡単平易なるべきこと。
以下省略。

と記されていますが、どのような時に、元号を変えるという決まりは無かった様に思われます。

日本の元号一覧  
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7%E4%B8%80%E8%A6%A7_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)#
の右橋に、「改元の理由」と記されています。

①天下安寧、政化敷行による改元。
②穴戸国の国司が白雉を献上した祥瑞による改元。(以後、瑞祥による改元が多くなる)
③孝徳天皇の崩御後、新たな元号は定められず。(天皇が亡くなられたから、必ず改元されたとは限らない)
④孝謙天皇即位による改元。(以後、多くなる。一条天皇---6回)
⑤水潦、疾疫による改元。-------村上天皇 (以後、多くなる)
⑥「大化」は初めて、採用された事になりますが、どうして、最初に制定されたかの理由は書いてありませんが、証拠として、日本書紀に記るされていると有ります。

 
日本書紀と古事記の違い
http://www12.plala.or.jp/rekisi/nihonsyokikojiki.html

この方の書いて居られることは、間違っているのではないでしょうか。
日本書紀と古事記は、両方とも、天武天皇のときに、作られたと言われていますが、古事記は、作ることが出来ても、日本書紀は、無理なのではないでしょうか。

日本書紀は、原文を私は読むことが出来ません。 日本書紀は、少なくとも、どうやら、
漢文で書かれています。
 古事記を書いた人と、まったく、違う人が書いたと思われます。おなじ、天武天皇の時代に、歴史書が、二つも作られたには、作る理由があったことになります。

 推理するだけですが、この頃から、中国人の力が強くなっていったのではないでしょうか。 この件は、自分で、検証したわけではありません。 

私が読んだ本では、私の考え方は、間違っているようにも思えますが、同じ天皇の時に、二種類の国之歴書があるのは、おかしい様に思います。

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紀元の誕生 [思うままに]

「紀元」という言葉が有ります。
世界の国々では、その国によって、紀元を定めて利用しています。

日本では、西暦と和歴とが使われています。どちらが利用し易いかと言いますと、一言では説明出来ません。

 和歴では元号が使われています。 現在は、「平成」です。

元号とはどのようなものであるかは、次の所を参考にしてください。
元号---ウィキペディアによると
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7
 
元号(げんごう)は、特定の年代に年を単位として付けられる称号である。年号(ねんごう)とも呼ばれることもあるが、元号のみならず、紀年法の名称(西暦や皇紀など)を「年号」と呼ぶ場合もある[要出典]。

 これだけでは意味が解かりませんから、下記に記されている部分を参考にしますと、解かりますが、詳しすぎて、理解しにくい点もあります。

日本の元号一覧  
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7%E4%B8%80%E8%A6%A7_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)#

元号一覧を見て頂きますと、見覚えの元号があり、このことかと思われると思います。
 しかし、私の場合は、昭和15年生まれですから、昭和と平成の出来事であれば、
直ぐに、解かりますが、大正、明治になりますと、西暦に置き変えた方が、良く解ります。
 例えば、明治五年は、いつ頃の事だろうと考える時、直ぐには、解かりません。
しかし、江戸時代から明治に変わった年は、明治元年ですから、なぜか、1868年(イヤムヤ)と記憶しています。
すると、明治五年は、1868+5=1873 です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7%E4%B8%80%E8%A6%A7_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)#明治時代以降(近代・現代)

明治元年はいつから始まったかは、一覧表では、公的と当時に分けて記されていて、
公的
始期の日付が、異なっています。
明治元年1月1日
(1868年1月25日)

当時
明治元年9月8日
(1868年10月23日)

この公的と当時との意味が解からないのですが、いろいろ考えていましたら、少し解かった様な気にはなりました。

解かったと成りますと、明治五年は、元年の五年後の事ですから、1868+5=1873
今年は、2018年ですから、明治5年は、2018-1873=145
という計算で、明治5年は、今から、145年前の時代と成ります。

今は、平成30年ですから、ここから、昭和64年、大正15年、明治45年と、計算しますと、明治5年は、西暦何年かは計算できますが、1868年が、明治元年さえ、覚えておきますと、今から、145年前と、直ぐに計算出来ます。

明治5年は、いつ頃かは、145年前でも、想像すらできませんが、昭和、大正、明治と遡るよりは、頭では整理出来ます。

このように考えますと、西暦の方が、計算は、簡単に出来るのですが、
元号を有る程度、知っていますと、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7

大化、天平とか、奈良時代と言った方が、いつ頃のことか、直ぐに解かります。

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森友学園問題(7) [思うままに]

森友学園のことを6回に分けて見てきました。私の気持ちとしては、まだ、倍の回数を使って、書く必要がある様な気がしています。
 
 では、残りの部分は、どのような事かと言いますと、
①朝日新聞社のこと。 忖度----政府解体を目論んだのでしょう。 でも、上手く行かなかったようです。

②近畿財務局のチョンボ
橋下徹「スクープ!森友学園問題の真相」
  
チョンボと言うよりは、財務局という所は、改竄は普通にしていたのでしょう。その様なことは無いと決めますと、辻褄が合わなくなります。
 改竄をした人は、後世の議会の皆さんが、一年も掛けて、ほじくり返すとは思わなかったのでしょう。
 改竄して、隠す事が一番良いことだと思ったのでしょう。

そのような事は、子供が、親に隠しごとをして、切りぬけることは、幼児でも、考えるのですから、そのような話であれば、それの方が、上手く回転することもあります。
 そういうことが分かっている時は、親が見逃してやるのが、素晴らしい親です。

それでなければ、その時に、ポカンと一発、なぐるのも一つの方法ですが、私は見逃します。

③森友学園の籠池氏が、いろいろ目論んだとされているのに、財務局が資料を改竄したとするから、堂々めぐりになるのでしょう。

④一番、しっかりしているのは、野党の追及をしていた議員さんと言うことになります。

⑤ しかし、現在の政府を倒そうとするのは、あまり、感心出来ません。次回の選挙が決めてくれるでしょう。
 私はやはり、自民党が勝つと思います。

⑥次の案は、まあまあ、良い案ではないでしょうか。

政府一体でバッシング? 財務省が校舎解体を要求 国交省は補助金5600万円返還求める
https://www.sankei.com/life/news/170310/lif1703100042-n1.html


⑦籠池という人は、なんだか、ずるい人というように思えます。

⑧ずるさで言いますと、朝日新聞の人達でしょう。

長いこと、有難うございました。

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