歴史にみるインフルエンザ その2 (崇神天皇) [思うままに]
崇神天皇の御世に疫病が大流行して、国民の半分が死んだ記述が、古事記と日本書紀に書かれています。
古事記の原文は「この天皇の御世に、疫病起こりて、人民死にて尽きむとしき」の短い文章です。古事記は漢字ばかりで書かれていますから、元の漢字ノ文章は、「此天皇之御世役病多起人民死為尽」(役はにんべんです)のわずか15文字です。是だけの情報ですが、その後、天皇にとっては、大変なことであったことが、この後の記述から想像できます。
人民が死に尽きるほどですから、毒物や細菌では起こりえません。やはり、スペイン風邪のようなものであったと考えるしかありません。
日本の記録は是だけですが、189年に漢の元号が3回も変わっています。反逆・革命が起きても3回も変わることはないでしょう。188年から189年にかけてインフルエンザが発生して、日本に伝染したことになります。
こんな時代に中国と交流がないというのが、現在の日本の歴史学界の常識ですが、私は頻繁に交流があったと思っています。中国人は、紀元前200年から日本に来ており、この頃には瀬戸内海全域を占領していたのではないかと思われます。そのときの本拠地は吉備ではなかったかと考えます。
戦争ではなくても中国人に死者が多く出て、吉備に古墳が多い理由の一つにもなったと思われます。
朝鮮の古代史『三国史記』の新羅の193年に倭人が飢えて千人も渡来した記述があります。飢饉はいろいろの原因で起こりますから、192年に稲の作付けが出来なくて米の収穫が出来なかったから、193年は飢えたと考えますと、日本でインフルエンザが発生したのは、190年~192年の間と思われます。
世界的に流行した病気には、192年のインフルエンザ、737年の天然痘、1346年の肺ペスト、1879年のコレラ、1918年のスペインカゼとなります。
ほぼ 500年に一回の割です。
地震も阪神大震災のような大きなものは、400年前に起こっています。このように大きな波で現われる災害に対しては、政府とそれに関係するプロが考えることです。
9月中は、地震のことで、国民に不安を与え、11月には、鳥インフルエンザで連日不安を与える報道、責任が重大です。
ここ数日は、不良マンションに関して、自制心を失くした司会者が罵る番組が続いています。もう少し、外の報道の仕方はないものでしょうか? あのような報道の仕方では、マンションに住んでいる人は、不安で仕方が無いと思います。
話題は反れましたが、鳥インフルエンザの報道は、慎重に行うべきです。
歴史にみるインフルエンザ大流行 [思うままに]
今年は、世界的に鳥インフルエンザが突然変異を起こし、人インフルエンザが大流行すると連日、報道がされています。
詳細に報道されていますので、よく判るのですが、では、一般の人はどうしたらいいのすといいますと、外出から帰ったら、ウガイをよくして、手を洗う。体力が弱らないように、暴飲暴食をしないなどが報道されています。 そんなことはとうにしている人はどうするのかといいますと、かかったら早めに病院へいくこと。
なんだか馬鹿げたはなしです。これだけ毎日、報道しても誰も踊らされないようですが、なにかおかしいと考えて、11月19日と22日にかいてみました。書いたものの、納得いか
ず、それ程、簡単に流行するものか調べることにしました。
http://blog.so-net.ne.jp/nihonnsi/archive/20051119 http://blog.so-net.ne.jp/nihonnsi/archive/20051122
インフルエンザとは、インフルエンザウイルスの感染によっておこる病気です。主な症状としては、高熱(38~40度)や頭痛、筋肉痛、全身倦怠感などの全身症状と、のどの痛み、咳や痰などの呼吸器の急性炎症症状などがみられます。
上記のようなことがインターネットには書かれています。これなら、普通の風邪とどのように違うのかといいますと、「インフルエンザは通常のかぜと比べ、症状が重く、全身症状も顕著に現れます。そのため、高齢者がかかると肺炎を併発したり、持病を悪化させたりして重篤になり、最悪の場合は死に至ることもあります。また、潜伏期間が短く感染力が強いことも特徴で、毎年、流行期の12月下旬から3月上旬にかけては多くの方がインフルエンザにかかっています。」と説明が続きます。
判りましたか? この文章は、正しいと思います。だけど、訳が判りません。通常のかぜと比べて、症状が重いというのは、医師であればわかりますが、罹った本人には判りません。高齢者がかかると肺炎を併発するとありますが、若ければ肺炎にならないのか、持病が悪化する。是なども医師にしか判りません。
なんのことはありません。大流行を防ぐには、医師がしっかりして、普通の風邪とインフルエンザの違いを間違いなく判断して、患者がインフルエンザであるのに、外出をしてウイルスを撒き散らさないように指導し、一日も早く治すしかありません。不幸に流行の兆しが見られる時は、一日も早くそれに対する予防注射の薬を開発し、予防するしかありません。
国民に不安をあたえる報道より、医師の指導が大切だと思います。例えば、地域的に、どのような種類のインフルエンザの患者が何人発生しているという数字をファックスで流したり、医師向けのホームページで知らせるべきでしょう。
タイトルから随分はなれてしまいましたが、歴史を書いてみます。
簡単です。歴史に残っていません。インフルエンザ自体が、新しく発見されたからだと思います。ウイルス自体は古代からずっとあったようです。成人T細胞性白血病という病気がありますが、これもウイルスの所為でなります。このウイルスは身体の中に、入りますと、その情報が遺伝子の中まで、入り込んであたかも遺伝病のように伝染していきます。この病気は、風邪のようには大発生はしませんが、古代からあったらしく、日本のほか、一部の国にしか発生しないことも判ってきました。最近、特に問題になりましたエイズも犯人は、ウイルスです。こちらは、診断が簡単にできるようになった所為でしょうか、確実に世界的に増え続けています。
このように考えますと、インフルエンザのウイルスも、ずつと、昔から発生していたと考えられますが、ウイルスが突然変異をして、新しいウイルスになったときは、常に新しい病気です。歴史始まって以来、延々と繰り返されている病気が、今年に限って大流行を起こすという考え方は、どのような事実から云えるのか不思議でなりません。
私が歴史を調べるといっても、インターネットと書物だけです。
世界的に流行した病気には、ペストがあります。737年 天然痘(ペスト)が大流行する。天然痘で藤原不比等の4人の息子が全員死ぬといわれていますが、正確にはわかりません。病名は別にするとして、息子4人ですから、伝染した可能性は大きいです。
西暦541年、記録に残っているペストの最初の世界的大流行がエジプトに始まり、その後、北アテリカ、ヨーロッパ、中央アジア及び南アジアで人口の50~60%が死亡したと推測されています。しかし、数値をそのまま信用するわけにはいきません。
中でも有名なのが中世ヨーロッパにおける大流行で、1346年から1351年の間に肺ペストが蔓延し、ヨーロッパの全人口の1/4にあたる2,500万人(一説によると4,500万人)もの人が犠牲となりました。このペストが2回目のになりますが、その130年間以上続き、ヨーロッパ人口の3分の1にあたる2000~3000万人が亡くなったとされています。130年を費やすと、残った人は免疫を獲得して、大発生は起こらなくなっているようです。
西暦1855年から3回目のペストの流行が、中国から始まる。インドと中国だけで1200万人が亡くなったと云われています。
外には、腸チフス----日本では、腸チフスの発生は、昭和初期から終戦直後までは腸チフスが年間約4万人におよんでいたが、少しずつ減少し、現在では年間100人前後の発生をみる程度である。
パラチフス--腸チフスと同様、サルモネラ菌によって起こる。症状は腸チフスとよくにているが、軽い。
発疹チフス---シラミが発疹チフスリケッチアを媒介することによっておこる
第1次世界大戦中には115万人のアメリカ軍兵士がこの病気で死んだといわれる。
発病から2~3週間たつと、熱がさがるが、死亡率は高く、重症の場合は、2週間以内に死にいたる危険性がある。また、非常に伝染力が強い。
戦争や飢饉の際に大流行する伝染病で、わが国でも終戦直後に流行があった(3万人の患者が発生し、その11%が死亡したと言われる)。わが国では 1946年(3万人の患者が発生し、その11%が死亡)以降、発生していない。
(2) コレラ 1879年(明治12年)の記録によると、清国から日本に持ち込まれたコレラの大流行により16万人の患者が発生し死者は10万人に達したという。
このように見てきますと、ウイルスでなくても、多くの人が死亡したことが判りますが、これらに対する治療方法は確立れており、大流行にはなりません。
問題はインフルエンザウイルスと云うことになります。
発生当時はウイルスとわからなかったので、スペインカゼと呼ばれています。
スペインカゼは、1918年に発生した病気です。人類が遭遇した最初のインフルエンザの大流行であり、感染者は6億人、死者は4000~5000万人に及んだ。日本では当時の人口5500万人に対し39万人が死亡、米国でも50万人が死亡したとされています。
その後、インフルエンザはなくなることはなく、毎年、ワクチンを接種していますが、大発生を見ています。それでは、何故、今回だけ、今年に限って大流行がおこるとされているのかといいますと、人のウイルスだけではなく、豚ウイルス、続いて鳥インフルエンザが発生し、ウイルスも判っていることです。きっと、その種類が多いのだと思います。
鳥のインフルエンザウイルスは、どんどん変異しやすいということでしょうか? その証拠に、鳥インフルエンザウイルスを持った人が、同じような症状で発病し、死亡されたということが判明したからだと思われます。
だからと云って、1918年のようなことになるという結論は、無理だと思われます。
古代からあったはずのウイルスが、何故1918年まで起こらなかったのか、説明ができないと思います。
長くなりましたので、3世紀にあった伝染病の話を、日を改めまして書いてみます。
鳥インフルエンザ大流行の報道 [思うままに]
いろいろの人の思惑があって、「鳥インフルエンザ大流行」が報道されている、世の中に不安を撒き散らしていると考えました。ニュースの震源地は、スイスかアメリカと書いたのですが、意外に、日本だったのではと思いました。それも日本政府であると。
11月19日 読売新聞夕刊のトップ記事として、大きなタイトルで
「ワクチン研究など支援」 「APEC首脳会議 行動計画を採択」。 記事を読んでいきますと、見えてきます。APEC首脳会議で、日本が中心になる議題が必要だったのでしょう。参加国で、こんなこと提案する政府は無かったと思います。しかし、日本が、鳥インフルエンザ大流行に対する膨大な行動計画を作成しておいてくれて、その通りに行動をするには、お金が必要ですが、日本政府は280万ドル支援するというお土産を用意しておいたのですから、どの国も反対する理由がありません。
このお金は本当に鳥インフルエンザ大流行の対策に使われるのでしょうか?
それにしても、アメリカは賢かったです。議会に出しておきました。黙っておいて、 来日して、京都で小泉首相に直接宜しくといったのでしょう。そして、18日の議会で否決されて、アメリカはお金を出しませんでした。
ブッシュ氏が日本に来る前に、他の国を歴訪しています。南米と日本と違うと言えば、それまでですが、あまり歓迎されなかったらしいです。
日本は、アメリカと離れるわけにはいかないでしょうが、もう少ししっかりしないと国の会計はじゃじゃ漏りになります。
このような事件に対して、どうしてアメリカが心配するのでしょう。上に書きましたように、アメリカはイラン・イラク・ドイツ・フランス・南米・・・からあまりよく思われていないように思うのですが、私のこの観測まちがっていますか? 私の観測は、新聞からのニュースだけですから、当てになりませんが。
アメリカはテロにやられる危険性が強いからです。敵が多いということです。以前、細菌が送りこまれたと大騒ぎをしたのも、アメリカです。あの事件はうやむやになりましたが、あのときの細菌は、人工的につくられたもので、しかも、アメリカで製造されたものだった(?)らしいです。今回私が意地悪い発想しました。鳥インフルエンザの変異株が出現して大流行が起こる可能性があるというのであれば、細菌学者は、それを否定する必要がありませんが、毎日のようにニュースに流すのは、どんなものかと云うコメントぐらいは出してもいいと思うのに、テレビを見ている限りでは、専門家に聞きましたと司会者が述べますと、ちらっと、その専門家が出てきて、喋っているというのは、論外だと考えます。
今回の鳥インフルエンザの変異株は、アメリカでは、とうに、作っているのでしょう。そして、いろいろ出来た変異株に対する薬も出来ているのでしょう。
ところが、アメリカが脅かされた変異株は、アメリカがまだ持っていない。当然、薬も持っていない。先日、ハリケーンにやられた地域に、この変異株を撒きますと、ブッシュ氏は大統領を止めざるを得ないでしょう。
大統領としては、大いに準備をしようと議会に、それに関する緊急提案も行いました。ハリケーンのときと違って対応は早くしましたが、議会が反対しました。これですることはしたことになります。
起こるかどうかわからない鳥インフルエンザに対応準備するのも良いですが、日本人は毎日、みかんを一つ食べるだけで、あらゆる伝染病に対して抵抗力がつきます。みかん業者も潤いますし、病人が減ります。
インフルエンザ大流行? [思うままに]
連日、インフルエンザ大流行のニュースが溢れています。テレビの報道はわかり易いです。チラッと見ただけですが、世界で? 日本で 770万人 感染? 死亡?
そりゃえらいことやと思いました。この? は 私の頭にインプットされたはずなのに、その後、新聞を読んでいますが、? の記事など掲載されていません。
このニュースの出所は、よく判りません。新型インフルエンザが発生する恐れがあると言うことです。以前問題になった鳥インフルエンザの変異が起こって新型がでる可能性があるということです。この間大問題になったときに、東南アジアで、鳥インフルエンザにかかって死亡したという報道はありましたが、現地の報道をニュースとして日本で流したようです。なぜ 鳥インフルエンザの変異が起こるのか理解できません。是までの人のインフルエンザが突然変異を起こして全く新しいインフルエンザが出現する可能性はないのだろうか?
読売新聞11月14日朝刊の一面に、一番大きなものは、「タイトルが集会自粛勧告も」 次が「厚労省が行動計画 6段階ごと対策」 「新型インフルエンザ」
記事の一部を転載しますと、「新型インフルエンザは、鳥など動物に流行するインフルエンザA型ウイルスが、人に流行するタイプに変化して出現する。人は免疫がないため、パンデミック(世界規模の大流行)が起きる可能性があり、1918~20年に流行したスペイン風邪ん並みに病原性が高い場合は、200万人が入院、64万人が死亡するとした」
この文章はまったく意味が判りません。もう、変異したインフルエンザA型ウイルスが出たのかと言いますと、まだ出てないのです。しかし、ほぼ、出ることが確定しているようです。誰かが、変異株を作り出して、持っているとの情報を手に入れたのでしょう。可能性の高いのは、スイスとアメリカです。
このインフルエンザにどうして効くのか判りませんが、発生していないうちから、効く事になっているのが「タミフル」という治療薬です。インフルエンザに効く薬が、「タミフル」しかないのか、外にもあるのかどうか判りませんが、この薬の製造元は、スイス・ロシュ社とのことです。新型インフルエンザの発生のニュースが流れますと、スイス・ロシュ社に注文が殺到します。ニュースで煽りますと、「タミフル」の値段は、上がるしかありません。製造が追いつかないのであれば、他の方法で防御するしか方法がありません。
そこで、世界保健機関(WHO)が、その方法を作成し、各国に配布した? それを基に政府が行動基準を作成? 読売新聞の報道によると、4Bという段階では、患者に入院を勧告し、・・・・・・薬の予防投与やワクチンの接種を始めるとあります。新しいインフルエンザが発生したら、ワクチン製造までに、3年かかると京都大学の先生が書かれた記事がありました。 確かに、1997年に香港で発生した鳥インフルエンザは(H5N1型)は、人に感染し18名の患者が確認され、6人が死亡しています。そのご、香港では、他の型も含めますと、毎年、人が感染して2~3名死亡していることが、インターネットの記事に見られます。(信頼性は疑問ですが、廣島感染症情報センターになっています) このように、8年間の間に、新型のウイルスが出現していることは確かですが、世界的に発生するという考え方は、どこから生れたのでしょうか?
ニュースの震源地は、もう一つは、アメリカです。
アサヒ・コムという新聞社のホームページがあります。そこに、「ブッシュ大統領は今月1日、鳥インフルエンザ対策に向けた緊急資金として71億ドルの支出を議会に要請している。」又、11月18日「 ブッシュ米大統領が議会に要請していた鳥インフルエンザ対策緊急資金が、他の政府事業の削減によってねん出すべきとする共和党議員の反対にあい、医療関連の歳出法案から削除されることとなった」とあります。
ブッシュ大統領は、新型インフルエンザの発生のニュースを信用したから、議会に緊急資金を要請したのでしょう。そうでないと普通に考えたら、大発生などありえません。
ところが、11月18日の読売新聞夕刊のトップに、
「タミフル服用12人死亡」米FDA報告、すべて日本の子供」
どんどん死んでいるなと思って、記事を読みますと、報告は、今年4月までの異常事例を集めたもので、日本の事例では、2004年3月以前に発生したものも含まれるとあります。
この記事は、なにか意図があって書かれたと見るのが普通だと思います。
議会で通らなかったの記事とこの記事が同じ日に書かれています。
何であれ、このような事は、ことが起こったのであれば、国民は知って、大発生を食い止めなければなりませんが、今の段階では、国と医療関係者が知っておればいい事です。
国民に不安を与える報道は、差し控えるべきです。
今までに、どれぐらい発生しているかの資料
http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/case051117.html
正倉院展へ行ってきました [思うままに]
入場者9000人の報道に驚いて10月30日の日曜日は、行くのを中止しましたが、予定が続いているので、11月3日に正倉院展に行ってきました。混雑を見込んで早く家を出ましたが、遠くを承知で行った高畑の県立駐車場は、8割方、車で埋まっていました。
覚悟はしていたものの行列は、どこまで続くかと云う感じで列をなしていました。
当然、館内の混雑は相当なもので、展示物の前は、三重のところが多いのでみえません。覚悟を決めて、展示物がみえない端から並んで待ちます。展示物の前まできたときには、当然、私は最前列です。
前列でもみることが出来ないものは、拡大鏡を使いますと鮮やかにその様子が見え、ついつい前で佇む時間が長くなりました。
昼食も食べないで見終わったのは2時でした。
私の気に入ったものを書いておきます。
① 槃龍背八角鏡---出来上がったばかりの感じを受けることと、きれいに鋳造されていることに感心しました。前漢や後漢時代の古墳からでる鏡に比べて、龍の肌の部分の精緻さは驚くばかりです。唐からの請来したものとありますが、技術に格段の差がありました。
鏡もさることながら、横に緋絁帯がありました。鏡の紐の部分に通したと見られる組紐が緋絁帯に結ばれていました。色は少しくすんでいましたが、「緋」とありますから、鮮やかな赤色であったのではと思います。「絁」とありますから、絹の織物です。古い絹製品を見たのは初めてです。機目の細かさは、現在のものと違うのに驚きました。これは、日本製なのかどうか知りたかったです。
② 木画紫檀棊局(碁盤)---聖武天皇の遺愛の品であるのとその出来の見事さに、一番人気があったのではと思います。
③ 紅牙撥鏤棊子---②よりも気に入ったのは、これです。人間だれでも拘っていくと、木画紫檀棊局のようなものに行きつきます。象牙でできた碁石は、着色しなければ白色のままでいいのに、赤に着色し鳥の絵が細い線で彫り込まれています。カンムリを持つ鳥の冠も一本ずつきれいに彫られています。この彫りものは、両面に施されています。
普通の白黒の石もありました。石は、石英と蛇紋岩で出来ていますから、普通に囲碁をするときは、こちらを使ったのでしょう。紅牙撥鏤棊子の方は、お祝いのときのような特別な日に使ったのでしょうか?
④ 古文書----聖武天皇が紫香楽宮、恭仁宮、難波宮と移られ、その後平城京にもどられた後も各宮に残っていた職員に支給された給与などは、このように古い時代の古文書ははじめて見ただけに感動ものでした。
この文書は裏が透けて見え、この書類が時効にになった後、写経所において再利用されていたことも考えさせられるものがありました。
感想と要望---正倉院展は体力が必要です。館内に腰をおろす椅子がほしい。椅子がダメなら、当日であれば、再入館のシステムもほしい。 H17.11.05
正倉院展がはじまりました [思うままに]
主催は奈良国立博物館
協力が読売新聞社、NHK奈良放送局、奈良テレビ放送
私は読売新聞を購読している所為でしょうか? 毎年、読売新聞の記事を通じて、正倉院展のことを知ります。そして、今年こそは行こうと思いながら、よう行きません。
いつも行って見た実物と新聞に書かれている賛美とのずれがあるからです。感動しない私は、いつも見る目がないのだとがっかりします。
日曜日に行こうと思っていたのですが、新聞に9000人の観覧者とあり、計算しました。あの狭い博物館に、仮に150人ずつ、5分置きに入場させたとして・・・・。こりゃダメだ。気に入った所で立ち止まることは許されない。
今年の読売のシリーズ「天平の輝き」のはじめの文章を紹介します。
「なんと夢見心地にさせてくれる宝物だろう。東南アジア産の琥珀で作られた花、南海産の夜行貝で細工した葉や連珠、中東のトルコ石など無数の宝石。白銅製の鏡の背面にはめ込んだ素材は混然一体となり、華麗な図柄を浮かび上がらせ」
上手いこと書いておられますね。こんなに丁寧には見せてもらえない気がしますが、今年は別の楽しみがあります。
それは、曲水常雄著「正倉院の謎」(中公文庫\420)を読んでいる最中だからです。昭和62年の発行ですから、40年ほど前に書かれたものです。
この本を読みすすむとわかりますが、著者は、同時に展示されている字ばかりが書かれている目録が気になったのです。こうした目録も宝の内ですから、素人の曲水に博物館は特別に見せてくれるわけがありません。写真など勿論撮らせて貰えません。どうして、どうしてと思いながら、読んでいますと、毎年、正倉院展に通って、記録したそうです。記録していると後ろの方に叱られるので、列の後ろに並んで、又、記録したとあります。この本に書かれていることを記録するのに、10年かかったと書いておられます。
例えば、どのようなことを書いておられるかといいますと、『東大寺献物帳』には、勅書でもないのに、「天皇御璽」印がおされている。誰かが天皇の印を勝手に押印したというこです。これまでに、多くの人が、勅封されているのに、天皇でもないのに、多くの人が開封しています。その時に、なにを出してみたか記録されているのですが、不思議なことがいっぱいあることを発見されています。
現在、10000点近く保存されているのですが、当初、納められた物は、700点ぐらいで、そのどんどん減って、現在は150点だと書いておられます。長年研究された成果から、何故、減ったのか、何故、天皇御璽が勅書でもないのに、押されているのか、つぎつぎ出てくる謎を解明しようとされ、一つの仮説を導いておられます。
どんな仮説か、それは、ご自分で読んで頂く事にします。
当時の歴史が、別の角度から明らかにされているように思われますが、この研究を世間に発表しても、歴史家はだれも見向きもしなかったことを愚痴として書いておられます。
正倉院展は今回で57回だそうですが、読売のシリーズのタイトルのように、「天平の輝き」
宝物は輝いてばかりいないと思います。シルクロードを通ってやってきたと良く書かれていますが、本当にシルクロードを通ってきたのでしょうか? 日本で作られたものもあったのではと思っています。私が、観覧したときに、輝いて見えなかったのは、謎を秘めた宝物だったからなのか、私に見る目が無かったのか、よく見てこようと思っています。
靖国神社参拝 [思うままに]
靖国神社は、メディアが期待していた通りになりました。
小泉首相が、参拝するシーンを撮って、キチガイのように大暴れをする中国と朝鮮の
シーンを撮って報道。
テレビに映るプラカードには、鬼畜という字が大きく写っていました。
マイクを向けると商品のボイコットを叫んでいました。取材するほうも、きっと、あの言葉
がでるまで、マイクを突き出したのだと思います。
われわれは 鬼であり、畜生であるのです。
最大の言葉をあびせて、きっと、気が済んだのでしょう。
しかし、本当に、国をあげてあの調子であるのであれば、進出している企業も考えないと
えらい目に遭うでしょう。
それにしても、日本は不思議な国です。小泉首相を叩くほど、新聞の売り上げが増えるのでしょう。
メディアは政府が困るほど、いいらしいです。
国がどうなろうが、私にはどうしようもありません。
少なくとも、あんな危険な中国と朝鮮には、当分は行きたくないですね。
草抜きをする人 [思うままに]
昨日 大阪市内に行き、高速を降りたところで車を寄せて一服しようとしましたら、雨がどしゃぶりになってきました。土曜日のことでいつもは車がとぎれない「なにわ筋」は、車の流れはなく、分離帯の上を歩く人が見えます。大阪では南北にはしる道は、「御堂筋みどうすじ」のように、筋がつきます。東西は「千日前通」というように「通」がつきます。
「なにわ筋」は比較的大きな道路ですから、中央に片道二車線があり、分離帯があって二車線が走っています。分離帯は植木ではなく、芝生が植えてあります。
黒い合羽を着ておられますから、よく判りませんが、時々腰をまげては、どうやら草を抜いておられるようです。暫く見ていますと、長い草だけを抜いて一区画が済みますとあまりにも雨がひどいので、作業を中止されました。
すごい人だなと思いました。






