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No12 倭人・倭国・日本・ジャパン

これは日本人や日本の国をあらわす言葉です。極普通に使っていますが、誰が最初に使ったかを考えたことがありますか? いつから使われたかは、大体判ります。人の名前でも、交流があり、他の人と区別が必要になって始めて名前が使われることになります。ただ、使ってはいても、字が無ければ、記録として残りませんから、いつから使われたか判りません。
 記録に残るもので、古いものには後漢の班固(32-92)が撰んだ『前漢書』巻28下・地理志・燕地の条に「楽浪の海中倭人あり、分かれて百余国となる・・・」とみえます。
この外、『山海経』や『論衡』にも倭人が見えます。 
宋書・隋書では、倭国が見えます。初めて、日本人が、仮に中国へ行ったとしますと、自己紹介をして、私は倭人ですという可能性はありません。中国人から見て、中国人でも無し、朝鮮人でもなし。考えた末に倭人と呼ぶことにしたのでしょう。

倭人(わじん)と呼ぶことを先に決めたのでは変です。「倭」という字を「わ」と読むから倭人の倭として使ったのではないでしょう。最初に見た日本人から、当てはまる漢字を選んだのだと思います。
 では、「倭」という漢字には、どういう意味があるのでしょうか?
倭を分解すると、人と禾と女になります。
① 禾は、あわ。いね。禾科(カホン)の植物、または穀物の総称と辞書にあります。
象形文字で、しなやかに穂がたれた低い粟の姿から出来た文字です。
② 禾に女が加わり、委です。しなやかに力なく垂れる様子。
  委は字音は、い(ゐ) 意読は、ゆだねる(ゆだぬ)/ まかせる(まかす)/ すてる(すつ)/
  おちる(おつ)/ すえ(すゑ)/ つまびらかに
  意味---カシオのEX-wordには
ゆだねる(他人のいいなりになる)。 / まかせる(なりゆきのままになる)。
すてる(手を離してほっておく)。 / おちる(ためておいてある)。
曲がりくねったさま。 / すえ(曲がりくねった端)
つまびらかに。細かい末端まで。
「字通」には—
委は稲魂を被って舞う女の形で、その姿のしなやかなさまをいう。--形声
意味はしたがう、低い姿勢。/ 倭遅は、はるかに連なるさま/ わが国の古名。

同声には、萎、痿、逶、があり勿論、すべて「い」と読み、すべて意味は、しなだれて、ぐんにゃりしているさまです。
「矮」――「わい」意味は、短くて曲がっているさま。
中国でも、「倭」を使った熟語は、少ないらしく、「倭遅」しか掲載されていません。
中国の資料に掲載されているのは、「倭奴」「倭寇」「倭種」「倭漢」「倭刀」「倭人」
とあり、すべて、倭の字は、日本の意味で使われています。案外、「倭」の字は、日本人を現すために作られた漢字かも知れません。
【稲をつくる人種で、女性のようになよなよした、腰の低い人たち】

日本という国名は、「倭国自らその名雅ならざるを悪み、改めて日本となすと」と旧唐書や外にも見ることが出来、日本人が日本という呼称に改めたとなっています。しかし、これは違うのではないでしょうか?
魏志倭人伝では、日本の国名は「倭」です。朝鮮「韓」です。他の国は、烏丸、鮮卑、夫餘、高句麗、東沃沮です。日本と朝鮮は、一字ですが、他は二字以上です。中国は、秦・漢・魏・蜀・呉・宋など、一字が多いです。倭国が自ら改めたと有りますが、外交辞令であって、本当は、二字の国名に変えたのでしょう。

最後は、ジャパンです。長い間、いくら日本が、「日本」だと言っても、オリンピックでは、「ジャパン」でした。最近は、ようやく日本と呼ばれるようになってきました。JAPANと英語の辞書で引きますと、一番に、ウルシがでてきます。次に、日本国です。日本人は知りませんが、世界の人は、ウルシの日本と見ていたことが判ります。ウルシは中国から伝えられたものだと知らされてきましたが、函館で、もっとも古いウルシが見つかりました。
このように見てきますと、どこの国も国名は、他所の国の人が名づけたのかも知れません。


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