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記紀(24)  - 日留山氏 - [日本の歴史]

銅鏡と剣か矛と玉を副葬品に使用することは、漢民族の風習だった。 更に315年までは、中国は北朝鮮までが、テリトリーだったと考えれば、古代史のブランクは、国民一人一人で、解ける問題である。
 そして科学的に古墳の年代が、絶対値で公表されるまでは、学者の説を信用しないことだ。古墳年代が4世紀から7世紀の、学者の説を信じては、古代史は分からない。 
 むしろ分からなくした罪は、この古墳の年代である。
 イザナギの命を襲ったのは、1500人の中国人である。
 大国主命を謀殺しようとしたのも、80人の中国人だった。
 天照大神は中国人に襲われたと考える外ない。最初に祭られたのは、丹波の伊勢大神宮で、これも古事記に書かれていた。
 魏志倭人伝の難升米は卑弥呼を人質にし、最後は自殺を命令した。
 これも日本書紀のウラを読めば分かる問題である。


第13話 建国の日は正しかった  110ページ より 引用


私からの一言
 最後の文章の意味はお解りですか。

 魏志倭人伝の難升米は卑弥呼を人質にし、最後は自殺を命令した。
 これも日本書紀のウラを読めば分かる問題である。   ? ? ?

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