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古事放談  1-3  - 日留山人 ― [日本の歴史]

倭国ゼロ世紀   第12話
河を忘れた古代史 
 5ページより転載

第12話 古事放談1-3
日本本土には、先住民としてアイヌ人が居った。中国山地には毛無山といった不思議な山が数ヶ所ある。
 ここから1000キロ離れた青森と岩手にも毛無山が数ヶ所あった。これは地名をつけた人が同じグループだったことだ。 
 アイヌ人は毛深いので毛人と呼ばれていたのである。毛無山があることはこの付近にはアイヌ人が住んでいたと解してよいだろう。
 米が全く取れない所に田のつく地名が、集っている所がある。
 例えば津軽平野には田のつく村は実に8ヶ村と更に稲垣村がある。稲が育つ筈がない所にこの様な地名が発生する理由を解けばよい。
短期間に数年間に何万かの稲作民を入植させないことにはこの様な現象は起らない。
これが計画的に移民を入れた根拠である。津軽の様な雲南から遠い所まで稲作民を入植させたことは、入植が全国規模で行われたことを教えてくれる。
 従来の学説では津軽には稲作は行われなかったが1900年昔の水田跡が現れた。

私からの一言
①日本本土には、先住民としてアイヌ人が居った。
②アイヌ人----毛無山
③米が全く取れない所に田のつく地名----津軽平野には田のつく村は実に8ヶ村
④稲垣村---稲が育つ筈がない所----計画的に移民を入れた
⑤津軽の様な雲南から遠い所まで稲作民を入植させた---入植が全国規模で行われた

以上、5つのことは、お互いに関係無いことですが、

最後の行が、事実であったことが、解かります。

【従来の学説では津軽には稲作は行われなかったが1900年昔の水田跡が現れた】

<津軽で水田の跡が見つかった> この事は、学者によって、水田の跡であることは解かったのですが、「1900年昔の水田跡」であったことは、立証出来なかったと思います。

このような文章を「理路整然としている」と云うのではないかと思います。

この様な文章は、論文を書くときに使われます。

「河を忘れた古代史 」のような歴史書では、珍しいのではないでしょうか。


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