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古事放談  1-17  日留山人  [日本の歴史]

銅鏡が多数出土したのは古墳が壊されたせいではないか。
 日本人は土地に執着が極めて強い。しかも家系を大切にする。従って離村するのは余程悪いことでもした時だ。
 都に出て出世しても故郷の墓を大切にする。従って吉備や河内等で古墳が多数壊されたのは、古墳の主とその一族が悪事をして挙句には離村したとしか考えられない。
 巨大古墳を作るには何千、万かの人を動員した筈である。しかも死者の命令でなしに子孫が作ったのである。この場合には墓守りを村人が続けるのが日本の風習である。
 この様に考えるだけでも壊された吉備や河内、山城の古墳の主は中国人と考えるべきだ。
 明日香村の石舞台は壊された古墳の残がいだから、古墳の主は極悪の敵国人だ。これは景行天皇が九州征伐した時に破壊したと考えたいのである。
 なぜこんな常識的な考え方が古代史では通らないのか不思議千万だ。



古事放談  1-17 19頁より引用


私からの一言
 「明日香村の石舞台は壊された古墳の残がいだから、古墳の主は極悪の敵国人だ」

この解説は、どうして解かるのでしょうか。

石舞台
http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/03history/04stone/03east_area/ishibutaikofun/

一度も見られた事の無い方は、一度、見に行ってください。

見て、上のような
解説の通り思われるかです。
思われなかった方は、10ヶ所程の巨大古墳を訪れてください。

それでも、「古墳の主は極悪の敵国人だ」と思われない人は、もう、10ヶ所、古墳を訪れてください。
 大きい古墳では、堺市にある仁徳天皇陵がいいかも知れません。


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