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古事放談  5-1 日留山人・亀甲 [日本の歴史]

魏志倭人伝には水行10日とか陸行1ヶ月の文字が見える。
 古代には隣の集落との間には原生林の中を抜けなければ道は存在しなかったと考えたい。
 交易が必要な時代でない限り、常時人が往復しない限り、林の中の道はすぐ消える。けもの道が役にたったことだろう。
 古代には流れが緩い川と山の尾根を組み合わせた所をいざと云う時には歩いたと考えたいのである。
 古代には流れが緩い川と山の尾根を組み合わせた所をいざと云う時には歩いたと考えたいのである。
 緩い川には川原があり、川は浅くて横断も楽だし、川の中でも渡れた。更に両岸からロープで船を引っ張れば大量の品物も運べたのである。
 この時に利用された船が亀甲である。亀甲とは前後がない船で伝馬船のことだ。
神武天皇東征時に古事記では神戸の和田浦 (現在の和田岬) から明石海峡のための水先案内は亀甲に乗って釣りをしながら現われたのである。



古事放談  5-1   104頁より引用


私からの一言
 「魏志倭人伝には水行10日とか陸行1ヶ月の文字が見える」と日留山人氏は、書き始めて、一呼吸した途端に、陸行1ヶ月の世界に進んでしまいました。 陸行であれば、歩く、歩く、歩くでしょう。
 
「古代には隣の集落との間には原生林の中を抜けなければ道は存在しなかったと考えたい。
 交易が必要な時代でない限り、常時人が往復しない限り、林の中の道はすぐ消える。けもの道が役にたったことだろう。
 古代には流れが緩い川と山の尾根を組み合わせた所をいざと云う時には歩いたと考えたいのである」
 まだまだ、歩いている自分が中心です。 以下、続きます。 とうとう、亀甲に乗って居られます。

地名 亀甲  ----私の記事
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2008/11/post-3df4.html 

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