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古事放談  5-2 日留山人・亀甲 [日本の歴史]

古事記の解説書は例外なしに「亀の甲」に乗って来たと書いたので神話になった。
 原文には「亀甲」と書かれている。「之」を間に必要とするときには、不必要な位の所にまで「之」が書きこまれていた。
 この「亀甲」の地名が米子の東を流れる日野川の川口近くと吉井川の上流の津山の錦織の近くに見付かる。これこそ亀甲が使われていた証拠である。
 古事記には当時島だった島根半島が登場しないことはおかしい。従って「子淡道之穂之狭別島」が島根半島だと申上げた。ここに「之」の使用例がある。
 この島が倭人伝の末廬国で通称松江国だったのである。ここから亀甲に乗り換えて天津村 (西伯町) までやって来た。
 従って日野川の下流に亀甲の地名があり、船はここで作られたことだろう。
 「之」が重大な誤解の基になったのが、「伊勢大神之宮」である。崇神天皇の妹はここを拝き祭ったと原文に書かれていた。
 しかし解説書は「伊勢の大神の宮」と三重県にした。


古事放談  5-2   105頁より引用


私からの一言------
  上記のように命名されたとしますと、全国になりますと、もっと、沢山ある筈です。

地名 亀甲
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2008/11/post-3df4.html

済みません。まちがって、同じ記事を投稿していました。



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