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第9話 中国人が書いた日本書紀  ※隠された〝漢委奴国王〟の金印 (3) [日本の歴史]

神武天皇の使者は〝漢委奴国王〟の金印を正確に漢の委任統治国、奴国王と解釈した。
 神武天皇は大和に前進基地を持っていたが、倭国はまだ存在しなかった。古事記に登場してくるのは、根の国すなはち奴国だけで、出雲や因幡には大王と呼ばれる様な人は書かれてなかった。
 神武天皇は銅たく圏を征服して、監視を大和で続けていたのである。 
 九州の遠賀川の近くには既に述べた様に、神武東征の基地岡田の宮があった。使者はここに帰着する直前に、すぐ西の志賀島の大きな石の下に金印を隠したのである。
 読者は聖徳太子の使者小野妹子が、隋の皇帝からの返書が屈辱的な内容だったので、焼きすてて、百済で盗られたと報告したことをご存じだろう。
 全く同じことが繰り返されたのである。隠すべき理由があったのである。
 「倭」と「委」を間違って金印を作る位おかしな話があるだろうか。金印から漢の日本懐柔策が明らかにされた。



 ― 9 -  より抜粋


私からの一言
 「倭」と「委」を間違って金印を作る位おかしな話があるだろうか。金印から漢の日本懐柔策が明らかにされた。

 此の通りでしょう。

〝漢委奴国王〟の金印
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%A7%94%E5%A5%B4%E5%9B%BD%E7%8E%8B%E5%8D%B0#印文と解釈

ここの、金印の字をよくご覧ください。「倭」と「委」の違いの解釈の仕方が、多くの人で、違っています。

「印文と解釈」の部分をよく、読んで下さい。

いろいろの説が書いてありますが、田村誠一氏のようなことを考えた方は居られません。



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