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第9話 中国人が書いた日本書紀  ※隠された〝漢委奴国王〟の金印 (5)  [日本の歴史]

後漢書には倭面土国王師升生口を160人献ずと書かれていた。
 倭面土国王の師升と倭面土国の王師升の二通りの解釈が出来る。
 生口を中国通り捕虜と解すれば、最初の読み方では倭面土国は漢の属国でないことには字句がおかしくなる。いかなる時代に、例え属国でも国王が外国に出掛けたことがあるだろうか。
 二番目の読み方なら漢のスパイが王師升であれば良いよい。しかも字句的にこの様に解釈する外ないだろう。
 倭国大乱とは日漢80年戦争であり、漢が190年に降服したのであった。
 卑弥呼も親魏倭王の金印をもらったと歴史家は考えている。この時には卑弥呼は殺されたのであり、死んだ時こそ肩書を書くべきだが、単に卑弥呼以って死すと書かれていた。
 肩書はなしで金印は政等が魏の都に持って帰ったのだ。大庭脩著 〝親魏倭王〟 104頁に此の金印の印影があるのはおかしいと書かれているが、印影はあってよかったのだ。



― 11 -  より抜粋


私からの一言
①「 後漢書には倭面土国王師升生口を160人献ずと書かれていた」
これは、確定の証拠です。

② 「倭国大乱とは日漢80年戦争であり、漢が190年に降服したのであった」
 これも確定の証拠です。

③ 「卑弥呼も親魏倭王の金印をもらったと歴史家は考えている。この時には卑弥呼は殺されたのであり、死んだ時こそ肩書を書くべきだが、単に卑弥呼以って死すと書かれていた」
 
「単に卑弥呼以って死すと書かれていた」と書いたのは、中国人になるでしょうか。
 その証拠は、「死んだ時こそ肩書を書くべきだが、単に卑弥呼以って死すと書かれていた」と記し、肩書は無かったことになります。

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