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第9話 中国人が書いた日本書紀   ※ 銅たくの謎 (6) [日本の歴史]

ニギハヤヒはナガスネヒコを自分が天ツ神だとだましたことは既に述べた。
 神武天皇はこのニギハヤヒを征伐するために東征に出たことを、日本書紀は書いてしまったのである。
 ニギハヤヒが銅たく圏を奪取していたのである。このニギハヤヒは中国人だった。
 神武東征で、銅たく圏を征伐したので銅鐸は一斉に姿を消した。同時に安芸で7年、吉備で8年滞在した謎も解けたことになる。
 神武天皇の推定年代は前稿で示しておいたので、銅たくが姿を消したのは、20~30年頃だったと思われる。
 ニギハヤヒは中国人で、日本占領を企てたのに歴史家は日本書紀すなはち、中国偏向の古代史を信用して、見やぶることが出来なかった。
 ナガスネヒコを大悪人にしたが、古事記にはこの様な取扱い方はしてなかった。
 ナガスネヒコがイザナギの命のあとを継いだとすれば、日本建国の功労者として取扱うべきだと考えたいのである。


― 19 -  より抜粋


私からの一言

「ニギハヤヒが銅たく圏を奪取していたのである。このニギハヤヒは中国人だった。
 神武東征で、銅たく圏を征伐したので銅鐸は一斉に姿を消した。同時に安芸で7年、吉備で8年滞在した謎も解けたことになる」

 この部分は、日本人にとっては、悔しいことですが、銅たくは、中国人が作り、日本に伝えたことになります。

参考文献

銅鐸研究会のこれまでの記録
http://www.city.yasu.lg.jp/soshiki/rekishiminzoku/bunkazai/doutaku/1450766184899.html

野洲銅鐸博物館
http://inoues.net/museum/yasudoutaku.html

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