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日本のあけぼの(10) [日本の歴史]

中国と日本が1枚の地図で、シルクロードやチベット、雲南の放映を眺めて欲しい。
 三国志の戦略家の行動半径を考えて欲しい。孔明は揚子江を2500キロ遡った蜀で兵力を養った。
 魏国が使用する手でこぐ船では揚子江は遡れないのである。
 秦の始皇帝や中山王国が如何に高度の文化を保有していたことか。しかし何れも突然滅ぼされたのである。
 この時期がイザナギの命や天照大神と同じ頃だったのである。
 しかも日本と支那大陸は当時のセンスでは揚子江の両岸位の距離である。日本が中国と無縁と考えられる根拠すら見当たらない。
 チベットの皮船なら風速10米の偏西風なら、揚子江から日本まで1日で来られる。
 対馬海流を利用すれば1ノットでも雲南から日本海岸まで50日はかからない。
 こんなチベットや雲南、シルクロードから簡単安全に来られる所に、中国の圧迫を受けないですむ天国があった。



私からの一言----毎日、田村誠一氏の『 第8話 吉備にあった漢の古墳』の冊子を1ページずつ、書き写して紹介しています。田村氏は、驚くほど、あちこちに行かれました。しかし、上に書いてあることは、日本国内をいくら歩いても、かける文章ではありません。 では、ここに書かれた所にはいかれたのかと言いますと、きっと、行っておられないと思います。
テレビはよく観られたようです。 [シルクロードやチベット、雲南の放映]
本はよく読まれたようです。 [三国志・秦の始皇帝や中山王国の書物・偏西風関連の本・揚子江は写真集か・対馬海流・最大の能への刺激は地図のようです]
これほどに、多岐にわたる知識が増えますと、勝手に想像力が湧いてくるのですね。
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