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日本語のふるさと(4) [日本の歴史]

 遣隋使や遣唐使の成功の確率が非常に低かったことは、この時代には、中国も海を行く航海術は忘れてしまっていた。
 三国志の時代の様に揚子江を挟んで戦争をした時代の方が航海術にたけていた。
 この時点で正倉院の五弦の楽器をふりかえって見て欲しい。早速危険を犯しても、楽器の演奏者ましてクツチヤの踊り子も日本に来る筈はなかったのである。
 少く共ムヒルゼンの大宮踊りは、天子の子踊るの文句の通り、天照大神がヒルゼンに居る時に歌われたものである。
 しかも月氏族である月読命が直接クツチヤから踊りを伝えたとすれば納得の行く問題である。
 残る問題はクツチヤからはたして、シルクロードを通って西安まで来て、中国を素通りして日本になぜ来たかである。
 西安にまで日本が如何に素晴らしい国だと伝わっていただろうか。
 すべてノーと返事する外ない。


      ----- 16 --------- より引用


私からの一言
 資料は、どこにあっても、正しい資料であれば、利用できますが、資料はないし、歴史が空白の部分は、穴埋めをしませんと、歴史が、途切れてしまいます。

田村氏はどのように、歴史の穴埋めをされるか、次ページを期待してください。








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