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日本語のふるさと(8) [日本の歴史]

ヤクの牛皮で作った皮船は、ゴムボートと同じである。激流で岩にぶつかっても大丈夫でしかも、かついで山を越えられる位軽い。
 左の写真が示す、この船はチベットで今も一般的である。34000年昔も同じだった筈である。世界最高の文明を当時誇っていたチベット人が、ノアの洪水で皮船で脱出したと仮定したら如何だろうか。
対馬海流と偏西風を利用し、しかも手でこげば、日本海に来ることが一番容易だった。
無人島の隠岐にコロニーを築けばよい。この時日本にコメが始めて伝来した。
 イザナギの命や天照大神でも、いきなり本土に来たのでは先住民に滅ぼされるだけだ。
やはり人がおらないところに基地を築くには、チベット人の基地、西郷の反対側福浦だ。
 ここで漢字を知っていたイザナギの命、天照大神とチベット人が交流を始めれば、日本語が誕生する。
 隠岐を基地にして大量の人がヒルゼンにやって来たことは既に何回か述べた通りである。
隠岐にチベット人が最初に来ればよかった。

          ---- 21 ----- より引用
 私からの一言
「左の写真が示す、この船はチベットで今も一般的である」との記事にある「写真」は二枚掲載されています。
一枚は、牛皮で作った船を一人で、担いで山超をしている写真です。
もう一枚は、その皮船でヤルツアン江を渡っている写真です。三人の人が、乗船しており、大きさは、ほ、日本において見られるボートの大きさです。後ろの一人の人が、櫂でこいでいます。
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