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日本語のふるさと(9) [日本の歴史]

古代にどんな船が使用されていたかを知るには先づ古事記や日本書紀を見ることである。古代の道については、すでに述べたが流れの緩い川で、しかも川幅がせまくて、木を切り倒すだけで渡れる所が道だった。
 馬に乗って歩ける所は日本中皆無だから、騎馬民族なんかはあり得ない。又馬が川を渡れる所があっただろうか。
話が横道にそれたが古事記の船はスサノオの命が使った磐船と称するコンクリート船と鳥船すなはち揚子江の帆船の外に左に示す、天之羅摩船があった。
 天之羅摩とはラマの国の船である。ラマ国とはチベットのことだ。
 チベットの皮船は古事記にも書かれていたのである。
  この時の衣服は「ガ」の皮を裏向けにしたと書かれ、カイコのまゆを開いてつぎ合わせていた。みの虫のハンドバッグと同じである。
 チベット式船に雲南式衣服を着てしかも、帰って来たのである。隠岐と東南アジアの交通があったことを証明してくれた。

        ---- 23ページ----- より引用


私からの一言
 「この時の衣服は「ガ」の皮を裏向けにしたと書かれ、カイコのまゆを開いてつぎ合わせていた」
 このような記事は、どこに残されていたのでしょう。 多くの歴史を語ってくれます。

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