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村社 春日神社 [日本の歴史]

東伯郡下中山村大字赤坂字上ノ城ノ内 鎮座

 祭神 天児屋根命、素戔嗚尊、倉稲魂命

 由緒 旧記に拠に当社は名和伯耆守長年公の
    創立にして、大和の春日神社を勧請す
    る所、其後延文年中野津豊後守源敦忠
    元八橋汗入両郡の内五萬石を領し当地
    に在館するに當り、当社に厚く崇敬し、
    新に社殿を改築し社領を寄進して社頭
    の壮観蓋し郡中屈指の大社となるに至
    りしが、地方の崇敬亦厚く広大なる社
    地を有し壮麗を極めたり、其の後年月
    を経ると共に盛衰幾変遷を重ぬと雖も
    尚能く地方の崇敬を集めて明治の世と
    なり村社に列せらる、大正六年一月上
    中山村大字石井垣字屋敷鎮座無格社岩
    井垣神社(祭神素戔嗚尊)下中山村大字
    潮音寺字樋懸鎮座無格社樋神社(祭神
    素戔嗚尊) 同村大字下甲字寺後ロ鎮
    座無格社下甲神社(祭神倉稲魂尊)西伯
    郡逢坂村大字住吉字尾谷屋敷鎮座無格
    社平神社(祭神素戔嗚尊)を合併す、大
    正六年十月十七日新鮮幣帛料供進神社
    に指定せらる。
     当社に応永年中野津豊後守夫人の父
    伊勢の城主たりし伴野弾正忠源光重奉
    納の矢筒を蔵す。
     当社は野津豊後守居城の一画なり、
    城は養中山下り松城と唱ふ依ってこの
    地を中山郷と称せりといふ。

 例祭日  十一月二十五日

 建造物  本殿、幣殿、拝殿、神楽殿兼参
      籠所、神饌所、随神門

 境内坪数 千後百四十三坪

 氏子戸数 二百五戸
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