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村社 日吉神社 [日本の歴史]

祭神 大己貴神、国常立神、正哉吾勝神、国狹槌神、
    伊邪那美神、瓊瓊杵神、惶根神、建御名方神、
    大山祇神、道真神、倉稲魂神、不詳一神

 由緒 創立年代詳ならざれども、淡海国滋賀郡坂本
    村日吉神社を勧請して亀山日吉山王と称し、
    矢送庄九ヶ村の大社として尊崇したるものに
    して、古来武門武将の崇敬篤く篤く文応元年
    四月地頭大坪左右衛門忠重本願主として本殿
    を建立し、正慶二年酉九月日笠五郎左衛門信
    近本殿建立、天文元年壬辰三月備中松山城主
    景宗公の御家老日賀田新兵衛春吉、宇山飛?
    守成網、河本藤兵衛正宗代官中原伊賀守本願
    本殿造営をはかる、天文三年甲午三月二十一
    日洪水の為め本殿鐘楼を等流せしかば、時の
    神主田淵雄允久秀辛じて御神體を奉遷し仮殿
    に奉安せしが天文二十一年壬子三月矢送城主
    大塚右馬允忠久本殿を建立す、永禄二年己未
    十一月南條元清、南條右京太夫影元の両人本
    殿修造天正七年己卯九月故賀茂朝臣小鴨元清
    本殿建立をはかる、萬治二年己亥十一月太田
    五郎兵衛尉同名甚右衛門尉両人本殿を建立す、
    天明六年久米神社由来書によれば松平相摸守
    領内三百四十八社の内五社の大社に選定せら
    れ、地方の崇敬厚かりしが、明治五年二月日
    吉山王の社号を廃し金谷社と改称せられ、明
    治四十四年七月日吉神社と改称す、大正四年
    十二月二十六日矢送村大字?金字玉子前鎮座
    無挌社湯?神社(祭神建御名方神、大山祇神、
    倉稲魂神) 同村大字郡家字升尊鎮座無各社
    郡家神社(祭神不詳大山神) 仝村大字?金字
    池ノ谷鎮座無挌社山口神社(祭神大山津見神)
    を合併す、大正十三年二月十四日神饌幣帛料
    共進神社に指定せらる。

例祭日  十月七日
 
 建造物  本殿、幣殿、拝殿、随神門、参籠所

 境内坪数 九百六坪

 氏子戸数 三百五十戸
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