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新しい古事記の読み方 [日本の歴史]

[はじめに]
 全くの素人の私が、タイトルのようなことを書くつもりに
なりました。その動機は、今までに読んだ本などと読み方が
大分違うからです。あまり、違いますと、誰からも相手にさ
れません。そこで、少しでも多くの人に知って頂き、そう試
みることによって、私の頭の中で、バラバラになっている古
事記を一ツのものにしようと思っています。
 古事記を読む時に書かれていることの意味を追求します。
その方法はいろいろですが、方法によって、解釈の仕方変わっ
てきます。何分、古事記と日本書記は、もっとも古い書物であ
り、ここに書かれていることが、日本の歴史を知るために役立
っています。
 そこで、私の方法ですが、私は逆に日本の歴史の中の古事記
という考えで読み進めていこうと思っています。

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郷社 國阪神社 [日本の歴史]

東伯郡中北條村大字國阪字宮ノ前 鎮座

祭神 少彦名神

由緒 創立年代不詳、仁明天皇承和四年二月従五位下を授けられ、
(続日本後記) 文徳天皇齊衡三年八月正五位上に敍さる、延喜の
制小社に列す、白河天皇承歴礫四年六月御卜に國阪神の祭を穢せ
る崇あるを以て社司に中祓を科せらる(朝野群載) 古来四宮大明
神と称し、武門武将の崇敬篤く、大永年間茶臼山の城主増田玄蕃
当社再興の挙あり、明治維新の際國阪神社とあらためられ。、
郷社に列す、明治四十年二月三日神饌幣帛料供進神社に指定せら
る、当社の御祭神に就て大日本史に土人の説として大己貴命を祀
ると云ひ日本地理志科も又大国主命を祀る乃ち其の裔の奉祀する
所と記す、元禄七年著の柏陽六社みちの記には是はいかなる御神
ぞといふに書て賜はる少名彦尊にておはしましぬとなん記せり。
 当社前方に面積約二反歩の神池あり、一面に??河骨を生ず、
往昔地方に疫病流行し或は難病人ある時当社に祈願し此の水草を
刈り取り毎年四月八日薬草祭典を行ひ参拝者に頒つ。

 例祭日  十月十五日

 建造物  本殿、幣殿、拝殿、参籠所、随神門

 境内坪数 一千六十八坪

 氏子戸数 百五十三戸
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